学術論文でタブーにされる「原発」


かねてから思っていることがある。

原発の安全議論は,原子力科学や技術が専門の領域で,専門外の人間が何か言えるような簡単な問題ではない,という思い込みをもつ人が少なくない,ということである。

筆者は,日本の原発立地地域における都市計画の問題や農村の状況,さらに海外廃炉地域の取り組みなどを取り上げて論じてきた。このなかでも日本の原発立地地域についての論文を投稿すると,査読者の先入観に満ちたコメントがいろいろつく。同じ,原発立地地域を対象にしていても,海外事例を紹介する論文にはつかないのに,日本の話になると政治的だとして神経過敏になるようだ。そんな経験をなん度もしてきた。

例えば,東海村で1950年代半ばに始まった原発開発の経緯を論じた論文に対しては,企業城下町はどこでも同じように開発された,あえて原発立地地域を取り上げる必要があるのか,というような査読者のコメントがついた。

これまで原発立地地域の開発について都市計画の観点から論じた論文はなく,筆者の論文が初めてだった。初めての題材なら,新規性のある論文という点で意味や価値が認められていいはずだが,そこは看過され,「原発」立地ということで,どこか政治的とみられたようだ。

こんなコメントもあった。原発立地地域を取り上げるなら,炭鉱町との比較が必要である,というものである。査読者は,「炭鉱町は東海村と発展経緯で類似している」と書き,あえて原発立地地域を取り上げる意図を問おうとした。上述のコメントと同じ質のものである。

言っておきたいが,旧産炭都市と原発立地地域とは全然異なる。旧産炭地域は,明治政府の国策のもと,まだ都市計画がなかった時代に開発されてきた労動集約型の都市で,かたや,高度経済成長期,都市計画にもとづいた原発開発の都市である。時代も制度も都市の成り立ち,形態もまったく異なる。したがって,比較の意味がない。国策によるエネルギー基地という類似点だけで思いついたとしか言いようのない,ひどいコメントだった。

こんなコメントもあった。

「原子力開発のための用地取得は,東海都市開発による巧妙な手法によって新聞記者にも気づかれることなくすすめられた」のうちの「巧妙な手法」は学術論文には不適である。「東海村に原発を設置する計画が密かに進行していた1950年代後半」のうちの「密かに進行」も学術論文には不適である。というコメントである。筆者が用いる用語は「不穏」だと言いたいらしかった。

筆者が原発立地の地域問題についてインタビューに応じた記事(東京新聞茨城版)が出た時のこと。東京の建築会館にいた時にネットで確認した。たまたま横にいた友人の研究者に記事を見せたら「あなたってそっち系だったのね」と言われた。

原発立地地域における地域課題や都市計画の問題を論じることは,「そっち系」,すなわち政治を論じたがる人,ということらしい。

原発にかかわる題材について論じることは,学術的ではない,政治的主張だという思い込みは根深い。研究者によるこうした偏見,思い込みは枚挙にいとまがない。思い込みは根深いから,原発にかかわることを学術的に論じることを避ける傾向はとても強い。

これに関連して,樋口英明(福井地裁元裁判長)は,原発への4つの「先入観」を指摘している。


①「福島原発事故を経験しているのだから,それなりの避難計画が立てられているだろう」という先入観
②「原子力規制委員会の審査に合格しているのだから,少なくとも福島原発事故後に再稼働した原発はそれなりの安全性を備えているだろう」との先入観
③「政府が推進しているのだから,原発は必要なのだろう」という先入観

④「原発は難しい問題だから,素人には分からない」という先入観


学術の世界に深く潜入する先入観は,このうちの④が該当するだろう。原発の安全に関する議論は,高度な知見が必要で,専門外の人間が入っていけるものではないという先入観である。しかし,原子炉の構造や運転などについての知識はなくても,都市計画や建築学から論じるべき原発の安全問題はある。

都市計画や建築学は,住民生活の安全や住民参加のまちづくりに貢献しようとする学問である。原発立地地域は,いずれの地域も長年,これらの根本的な課題解決ができず,困難を抱えつづけている。原発計画の対象地にされた地域も,これらの問題に直面し,住民が二分されている。解明すべき課題,議論すべきことは地域ごとに異なる。そして色々ある。筆者は,もっとこの問題にさまざまな関心や専門性をもつ研究者が取り組んでほしい,と思っている。




(学術論文の査読について)

査読とはどのようなものかという質問をいただいたので,簡単に説明をつけておきます。

どの学会でも,学会論文として発表する時は,編集委員会が査読者として1人ないし2人を選びます。投稿論文の内容に近い研究をしている研究者が選ばれます。

建築学会は以前5,000円ほどの査読報酬がありましたが,今はありません。都市計画学会もありません。学術の貢献のために無給,匿名で査読しています。査読を通ると学会誌に発表されます。



0コメント

  • 1000 / 1000