プライバシーがとても軽くなっている その2


大体,こんな個人的な経験を書くのは好きではない。

それでも書くことにしたのは,私のプライバシーが宅配ドライバーによって脅かされたという事件は個人的な経験にすぎないが,宅配事業者の異常なほどの希薄な人権意識は,その背景に過酷な配達業務があることを思わないではいられないし,さらには,流通業界の2024年問題を想起しないではいられないからだ。

「プライバシーがとても軽くなっている」(2024年3月6日)のつづき。


ことの発端はこうだ。

3月5日,自宅1階の居間でパソコンに向かって仕事をしていたら突然,南向きの掃き出し窓の前の木製デッキに飛び乗った物体が,窓のガラス戸に張り付く黒い人影となって,部屋の中をキョロキョロ覗き見し始めた。その動きに気づいて顔を上げるや,私は黒い影の視線に捉えられた。宅配ドライバーだった。

家には門扉,門扉チャイム,玄関,玄関チャイムがある。ドライバーは,それらすべてを回避していきなり,家の窓ガラスに張り付いて室内をキョロキョロ覗き見するという,想像もつかない行為に出たのである。マナー違反という以前のハレンチ,下品でプライバシー侵害の行為である。ドライバーは,自分の行為を恥じることなく,謝罪もしないまま,荷物を玄関に置くとさっさと消えていった。

翌朝,私は,事業者Sに電話し,責任者に取り次いでもらうようお願いした。出てきたAに,ドライバーの行為を説明,強く抗議した。そして,最後に,ドライバーとりわけ若いドライバーには,プライバシーは大切であること,憲法の人権をきちんと教えるように要望した。

Aは,私の抗議に「大変申し訳ございません」を何度も繰り返した。私は,問題の重大さと人権の大切さが理解されたのだろうと思った。今後こんなことがないように改善されるだろうと理解し,安堵した。しかし,その言葉に中身はなかった。後日,それが明らかになったのである。

4月1日,別件で電話をしたときのこと,Aは,事件について,ドライバーは家族の承諾を得たと言っていると言い,行為の正当性を主張し出した。驚いた。3月6日,私が,行為はプライバシー侵害である,会社のドライバーには憲法をきちんと学ばせるようにしてほしいと要望したら,Aは「はい」と答えたのだが,実は私の抗議と要望はまったく理解していなかったのである。

Aの言い分はこうである。荷物の依頼主(私の息子)がドライバーに覗き見の承諾を与えたのだと。私は,「では,家族が承諾したら,私は覗かれてもいいのか,私のプライバシーはなくなるのか」と質したが,Aは何も言わなかった。

私は説明をくわえた。「たとえ家族が承諾しても,ドライバーはこう説明するべきだ。『ドライバーはそのようなことはできません。お客さんの方から,お母さんに電話をかけて,もし家の中にいるのだったら,ドライバーが荷物を届けにきているから玄関に出てほしい,と伝えてほしい』」。これで十分に理解されたと思ったが,なおAの抵抗は続いた。

後日の電話で,Aはこう言った。「家の中に入ることまでは承諾を受けた」。何を言っているのだ?? おそらく,「庭の中に入ることにまでは承諾を受けた」と言いたかったのだろう。そのように受け取って解釈すれば,庭に入ることまでは許されたが,覗き見まで許可されていなかった,覗き見はドライバー個人の行き過ぎた行為だったと。要するに,Aは,ドライバー個人の責任に転嫁しようとしたのである。

しかし,私が経験したことはAの主張とはまったく違う。ドライバーは勢いよく木製デッキに飛び乗ってきて,黒い人影となって窓ガラスに張り付いたのである。その姿が私のトラウマになっている。居間の窓に突進してきたとしか解釈のしようがない行為なのである。覗いてほしいと言われて窓に突進したのではないか。まずは,事実関係をはっきりしてほしいとAに伝えた。


話は変わるが,この4月に入って宅配をめぐる事情が大きく変わっている,と感じている。

瀬戸内の送り主から荷物の発送完了メールをもらったが,荷物が手元に届くのにこれまにないほど日数がかかった。つづいて,なんと,宅配業者から冷凍の荷物を解凍してしまったという電話が入った。県内からの荷物である。解凍の原因を聞いたら,「冷温不足」とか,釈然としない説明だった。業者が再注文した。再配達してくれたドライバーに,想像できる理由,原因を聞いてみたが,冷凍の荷物を解凍してしまうなどありえないと首を傾げていた。とにかく,これまでになかったこと,信じられないことが起こっている。

この4月からトラックドライバーの時間外労働規制が強化された。私が感じている宅配をめぐる事情の変化は,この2024年問題が背景にあるのだろう。

かつての産業用部材・製品の「重厚長大,少品種,同一方向」輸送は減り,「軽薄短小,多品種,多方向」の宅配がメインになった。かつては,結婚やクリスマス,見舞いなどにちょっと高級な品を送る,というぐらいの利用だったが,今では,宅配はすっかり日常のものになった。わが家では毎週,生協の宅配を利用している。息子の買い物はほとんどがネットではないかと思うぐらい,しょっちゅう宅配の荷物が届く。宅配は,毎日の買い出しに行く負担を軽減し,買い物を気楽で便利なものに変えた。

しかし,流通業界では過重労働と低賃金でドライバーは不足し,ドライバーの労働を過酷なものにしている。事業者の人権意識の希薄さが,業界の問題とどのように繋がっているのか,まだわからない。事業者Sから,ドライバーによるプライバシー侵害問題についてきちんと説明がもらえることになっている。その時にはもう少しわかってくることがあるだろう。改めて,この問題の続きを考えてみたい。




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