北海道新聞新人記者が取材活動で逮捕された事件について
旭川医科大学で、6月22日,学長解任問題を取材中の北海道新聞社の22歳の新人記者が建造物侵入容疑で逮捕された。取材活動によって報道機関の記者が逮捕された例は,近年なかったことらしい。同社は,この事件について「逮捕は遺憾」と発表した。
私は,自社の新人記者が取材活動で逮捕されたことについて,北海道新聞社はこんなに突き放した言い方ができるものなのか,これでは記者一人が悪いことになってしまっているではないか,と心が震えた。
22歳というから大学出たてだ。構内立ち入りが禁止されていた中,構内に立ち入って会議中の会議室の前に立ち,記者はドアの隙間から無断で音声記録をしていた。そこを見つかって逮捕された。そんな大胆なことを新人記者が自身の判断でしたとはとても思えない。業務として上司の指示のもとでしていたはずである。それに対して,会社は「遺憾」と突き放した態度を示したのだから悔しい。
7月7日,同社は社内調査報告を発表した。報告によれば,新人記者を含む4人で取材に向かった。うち新人記者以外の3人は,大学から構内立ち入り禁止の通知があったことを本社より知らされていたが,新人記者には伝えられず,3人からも伝えられなかった。新人記者は一人,キャップから、校舎内に入って出席者が通る可能性のある2階付近の廊下で待つよう指示を受け,さらに,会議が行われている可能性がある4階に向かうよう指示された。
なぜ新人記者一人を校舎内に侵入させたのだろう。残る3人はその時,どんな任務を負っていたのだろう。新人記者はこの事件の取材は初めてである。会議室の様子を録音はできても,会議の出席者に見知った人はいないから,会議終了後に話を聞き出すということはできない。また,誰彼となく捕まえても取材は難しいだろう。そもそも構内立ち入り禁止だから,会議が終了するまでに,記者はその場から立ち去らなければならないという状況だ。
このように考えれば,新人記者を一人,校舎に侵入させて会議室前に立たせた目的は,ただ一つ,会議の様子を録音することだ。22歳なら,会議室前にいるところを見つかっても,学生と見間違えられて,その場をすり抜けられる。キャップから,もし見つかっても,身分を告げず,はぐらかすように指示されていたと報告は書いている。
また,行けと言われた新人記者は、行きたくないと言っていたとの話もあるということだ。当該記者は,会議の様子を無断録音するよう指示されたので,そんなことをしたくないと拒否した,ということではなかったか。
社内調査報告は,記者教育に問題があったと書いている。報告は一方で,キャップは「経験を積ませたかった」と弁明したとも書いている。これはキャップの本心でもあるだろうが,普通に考えれば正気なのかと疑う。立ち入り禁止を知らせないまま,新人記者一人を校舎内に忍ばせ,取るべきではない方法で取材をさせる「経験」をさせたかったとは,どう考えてもまともではない。
記者の取材活動は確かに,困難で危険なこともあるだろう。取材で危険を感じた経験を直接,知り合いの記者から聞いたこともある。しかし,記者「教育」というとき,それは理念,目的に沿い,計画的であるべきで,その成果は見通せるものでなければならない。こんな経験を積ませることは,教育とはなんの関係もない。Twitterに「特攻隊みたいだ」などと書かれていたようだが,本当にそんな感じがする。
調査報告は,最後にこのようにまとめている。
「私たち新聞社は憲法で保障された表現の自由を守り、国民の『知る権利』に奉仕することが責務です。(中略)北海道新聞社は、一線の記者たちが安心して取材できる環境をあらためてつくるとともに、今回の事件にひるむことなく、国民の『知る権利』のために尽くしてまいります」
このまとめにも違和感を持った。取材対象の旭川医科大学がたとえ誠実さに欠けるにしても,新人記者が,まともな教育とも経験とも関係のない取材活動をさせられた上に逮捕されたことについて,会社は,真摯な反省をせず,記者教育の課題と展望を示さないまま,「一線の記者たちが安心して取材できる環境をつくる」とは空疎だ。一線の記者,特に若い記者たちは納得しないだろう。国民の「知る権利」は守られなければならないが,そのために一線で取材をしている記者を守るための社内の意識改革やルール運営の見直しこそが求められるのではないだろうか。それが示されないうちは,市民としても納得できない。
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