『北海道新聞が伝える 核のごみ 考えるヒント』を読む

関口裕士著 / 北海道新聞社編 『北海道新聞が伝える 核のごみ 考えるヒント』,北海道新聞社,2021年


2020年8月,北海道,寿都町が突然,核のごみ最終処分場の文献調査応募に名乗りをあげ,神恵内村もこれに続いた。反対の声が地元住民や周辺自治体から上がるなか,同年11月,泊原発30km圏内2つの自治体で同時に文献調査が始まる,という異例の事態になった。

本書は,この動きを受けて,核のごみ最終処分場の問題を俯瞰して考えるヒントを提供するという狙いで,これまでの記事を再構成して刊行された。

なぜ北海道が核のごみの処分候補地になるのか。

国や電力会社は,以前から,核のごみ施設を設置するには好都合と考えていたようだ。広大で,人口密度は薄く,東京都の1/100。青森県六ヶ所村からガラス固化体を海上輸送するにも近くて便利だ。

1980年代,動力炉・核燃料開発事業団(当時。略して動燃。現・日本原子力研究開発機構,JAEA)が極秘に行った調査がある。それによると,処分適地として全国で88か所が選ばれ,そのうち11か所が道内だった。電力会社幹部らが,釧路管内を適地と名指ししたこともあるという。

宗谷管内の酪農のまち,幌延町が核ごみ貯蔵施設の誘致を表明したのもこの頃である。貯蔵施設の誘致は頓挫したが,動燃と核物質を持ち込まないという約束のもと深地層研究センターが開所された。地下300mの施設で核ごみの地層処分技術について研究する施設である。

北海道と核のごみ最終処分場とのかかわりは30年近い。2020年の寿都町と神恵内村の文献調査応募は突然だったが,動燃の処分適地調査と特定地域の名指し,幌延町の核ごみ貯蔵施設誘致と地層処分研究施設設置,と最終処分候補地探しと重なる動きは脈々とつづいてきた。

幌延町に深地層研究センターの設置が決まった2000年,北海道は,「特定放射性廃棄物の持込みは受け入れ難い」とする核抜き条例を制定した。こうした条例は都道府県で唯一である。ただし,この条例は,道の姿勢を宣言するもので,核ごみ施設の受け入れを禁止するものではない。法的拘束力には乏しく,結局,2町村の文献調査開始を抑止することができなかった。

核のごみは極めて高い放射線を出し,安全とされるレベルに下がるまで10万年という途方もない時間を要す。その処分法は地下300m以深に埋める地層処分と決められているが,日本では10万年の間に東日本大震災級の大地震が100回起きるという推計があって,処分法の安全性が強く問われている。

核のごみ最終処分場の設置場所がなかなか決まらないのは当然である。処分場を決める国の機関, 原子力発電環境整備機構(NUMO)やJAEAは,地層処分の安全性を主張するが,ごみの特質を考えると,彼らの主張をそのまま信じることはできない。

本書は,原子力推進と核のごみ最終処分場誘致の側に立つ人たちの声を集めている。

幌延町元佐野清町長「原発のごみはお金が入ってくる宝石プランだと思う」(1982年当時)
寿都町片岡晴雄町長「将来の町の財政を見据え」(2020年)
幌延町松永商工会会長「地元に処分場誘致の意志があることを発信しないと,この町に何も残らない。地元の若者に将来を約束してやれない」

旧動燃坪谷隆夫元理事「1985年の立地調査では処分場にするための調査するんだろうと反対された。国策に従った一次貯蔵と研究のための施設。『なんで怒られるの?』という感じだった」(2019年)

最終処分場を誘致したい自治体首長と商工業者は,誘致で入るお金が目的である。施設の誘致で得られる未来への楽観的で肯定的な見方が共通している。旧動燃理事は,国策事業者だというエゴ丸出しだ。いずれの了見も狭い。

他方,識者や市民の考えはこうだ。

山内亮史さん(旭川大学長)「寿都の問題を機に道民が議論すべきは,どんな北海道を次世代に残すのかということだ」
加藤尚武さん(京大名誉教授)「大きな負の遺産として存在する核のごみをどうすればいいのか。その議論を通じて,私たちは未来の世代に対する責任をいま一度真剣に考える必要があります」
中村桂子さん(JT生命誌研究館名誉館長),(地層処分の是非を問われて)「自然は予測不能ということを謙虚に認めることです」

宍戸 慈さん(北海道子育て世代会議共同代表,福島県郡山市から避難)「どこにいても逃げられない問題なら向き合おうと決めた。持続可能な社会を子どもたちへを合言葉に,団体を立ち上げた」

識者や市民の地域の未来を見る視点はだいぶ異なる。負の遺産を未来にどう引き渡すか,未来の世代に対する責任をどう考えるか,持続可能な社会をどうつくるか,という深い問いかけがなされている。

地域の未来の議論については,驚くことに,NUMO自らが,地域の未来を描く議論を住民に提起している。

2021年1月,NUMOは,寿都町と神恵内村で開いた住民との「対話の場」で,「地域発展ビジョン」を提起した。住民説明会の説明資料などによると,「地域の発展ビジョン」として「処分事業が地域の将来像にどう貢献し得るのかなどについて,時間をかけてしっかり議論」と書き,「経済発展ビジョン」として,「インフラ整備,中小企業支援,教育支援,医療,防災,観光・まちづくり」をあげている。

最終処分場の立地で経済的に豊かになる地域像を示し,自治体首長や商工業者の人たちの期待に応えたいのだろう。しかし,NUMOが,最終処分場ひとつで,地域の将来の議論を住民に促すなど,とてもおかしなことだ。施設誘致の先の未来が,そんな単純なものであるはずがない。

私たちは,地域産業が細り,原子力施設に依存するしかなくなっている地域を全国のあちこちで目撃してきた。いま求められているのは,原子力事業者に頼らず,住民自身が地域の未来像を描き上げることであるはずだ。

人口流出と高齢化,細る財政に悩む自治体に,巨額の補助金によるまちづくりの可能性を示唆して,施設誘致へ誘導する方法は,自治体内部と周辺地域との間に深い亀裂をもたらす。方法は姑息だし,まちがっている。では,解決に向けてどう考えればよいのか,この本はそのためのいろいろな視点を提供してくれる。

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