茨城県立図書館の改装開館 何が起こっているか
茨城県立図書館が,7月17日,去年から断続的に続いてきた休館をへてようやく開館する。市民の読書や調査研究という知的活動に多大な不便をかけて長く休館をしてきたのは,星乃珈琲店を入れるための大規模改装工事をしていたからである。
県立図書館に星乃珈琲店が入ることを知ったのは,2020年2月24日の毎日新聞の記事である(図1)。そのしばらく前から,飲み物やスナックの自動販売機が設置された小さな休憩スペースが利用できなくなるといった小さな変化があった。そして,この発表だった。
図1 「本を片手にブレークタイム 県立図書館にカフェ開店へ」,毎日新聞,2020年2月24日
図1は,建物正面エントランスホールの図である。図書館エントランスから入ったところに星乃珈琲店がある。12のアーチのある壁がカフェを取り囲んでいる。なぜアーチが設けられたのか。これについては,少し後に述べたい。
アーチの向こうには書棚が隙間なく並んでいる。書棚へは,カフェのアーチをくぐって行くような構成のように見える。カフェからは,書棚と書棚の前に立っている利用者は,アーチという窓から見える景色のようだ。こうしてみると,カフェがいわば図書館のコアになっている。
この図書館におけるカフェの位置づけはとても大きく,記事タイトルの「本を片手にブレークタイム」というようなカジュアルな話では終わらない。
茨城県立図書館は,元は県議会堂だった(1970年竣工)。水戸市郊外の笠原町に建設中だった県庁舎と議会堂が1999年に竣工し,県の機能が移転すると,県議会堂は改修され,2001年,県立図書館へ生まれ変わった(設計:県営繕+日建設計)。
この建築は,2002年,BELCA賞(ベストリフォーム部門,ロングライフビル推進協会)と,東京建築賞(奨励賞,東京都建築士事務所協会)を受賞した。議事堂を図書館へというのは比較的珍しい転用法ではないかと思うが,知を集める建物と政策議論をする建物というのは相性がよく,議事堂の秩序正しい空間が,図書館にマッチしているように思える。特に,エントランスホールの中央階段と吹き抜けの大空間は,本当にすばらしい空間である(だった)。初めてこの図書館に入った時,上を見上げてとても感動したのを覚えている。私はこの空間を図書館らしくつくったのが受賞理由の一つではなかったかと思っている。
ところが,図1を見ると,その吹き抜けの大空間がどうも小さくなっている。かつてのこの図書館を利用した人なら,中央階段の周囲と上に広がる吹き抜け空間が狭くなっているという,私の指摘に納得してくれるだろう。
カフェ設置のために不足する床面積を補うために,この吹き抜け大空間を利用して3面から2階以上の床を張り出したようである。その床を支えて作られたのが,1階の12のアーチのある壁である。
改修前の中央階段は,2階の床面まで下から見通せた。ところが改修後はどうだろう。図1では,正面の2階の壁も手前に張り出したので,奥が見通せなくなっている。途中でトンネルを潜るかのような図になっている(図2ははっきりしない。階段が壁で途中で遮られているように見える)。
建物空間における改修前と後の一番大きな変化は,図1,図2に見るように,2階以上の床を吹き抜け大空間に張り出して壁を巡らせ,これを支えるために,1階にアーチ付きの壁が巡らされたことである。これによって,カフェらしい空間ができあがった。
7月13日の茨城新聞に載せられた図2を図1と比較すると,マイナーな変化も見出せる。
図2 「茨城県立図書館に星乃珈琲店、17日オープン 水戸」,茨城新聞,2021年7月13日
中央階段が,星乃の木質系のカラーではなく,アイボリーに戻った。アーチの向こうには一つずつ照明がぶら下がっている。まるで,店舗のためのデザインのようだ。また,中央階段の両サイドに設置されるカフェは,図1では腰板で囲われていたが,図2ではシースルーになった(これは,どういう意味なのかはわからない)。
公共施設には似つかわしくない規模の民間施設を建物の真ん中に入れるために,内部空間は相当無理をさせられ,変質を余儀なくされた。図書館としての空間の質は大きく落としただろうと思う。
さらに,建物の外観も大きく損ねている。図3は,図書館ファサードの建物名の表示である。「茨城県立図書館」の上に,「星乃珈琲店」の文字と,コーヒーカップと本の絵が貼り付けられた。その位置にしても,文字と絵が占める面積からしても,これでは,カフェの方が県立図書館より上ではないか。
図3 図書館正面の外壁面に付けられた「星乃珈琲店」の文字とカップ(撮影=川澄敏雄氏)
いま,公共施設は,官民連携の名の下で,民間が施設の維持管理や事業の運営をさせることが当たり前になっている。図書館も,指定管理者制度を導入する例が増えているし,中には企業に運営をさせる例も出てきている。
茨城県立図書館もおそらく運営費を削られているのだろう。それで,自分で稼ぐことを求められるようになった。建物壁面に,図書館の名前より大きくカフェの名前を入れて広告収入に頼り,建物エントランスホールの広い床をカフェに提供して,そこから得られる家賃収入に期待せざるを得なくなった。大きな床面積をカフェに提供したために,結局,新たに床を作り出すための工事と資料配置の大胆な移動を余儀なくされた。これは長く見て,市民にとって本当に良かったのだろうか。
(追記)図1を改めて見たら,2階の本会議室も大きく手が加えられているような気がする。大変心配になってきた。図2は,読み取れないことが多い。
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