『建築とまちづくり』が新建機関誌であること,機関誌を超えること
新建築家技術者集団は今年,設立50周年を迎えた。機関紙『建築とまちづくり(建まち)』は,今年10月号で500号となった。50年目で500号,なんとゴロのいいことか。その500号の巻頭を飾る記事を書いた。
本号は,1971年7月に『新建』の誌名で創刊されてから500号目である。半世紀にわたってここまで号を重ねた苦労は,並大抵のことではなかったことと思う。歴代編集長と編集に携わってこられた方々のご苦労を労いたい。
筆者には,『建築とまちづくり(建まち)』500号を振り返ってなにか書けるような能力はないが,長年読んできた『建まち』を振り返る機会をいただいたと捉え,新建の機関誌であることと,機関誌を超えることについて考えてみようと思う。
市民生活を取り巻く危機
これに先立ち,この500号が,どのような社会状況のなかで発行されたのか,どんな事態が進行しているのかを描いておきたい。10年,20年後に振り返ったときに,変化の時代の入り口に立っていたことが見えるかもしれないからである。『建まち』の次の課題になるかもしれない。
2020年は,新型コロナウィルスによる戦後最大のパンデミックで始まった。医療,福祉,教育などの公共政策を大幅に縮小し,なんでも市場に任せる新自由主義のもとで起こったため,医療資源はすぐに逼迫し,政府の間違った政策と国民に対して完全に後ろ向きの財政政策のために,感染拡大を抑えることができないばかりか,早くも夏には第二波が襲来し国民の命が危険にさらされつづけている。
感染リスクは生物的弱者すなわち高齢者の間で高まり,経済危機による被害は社会的弱者に集中した。すなわち非正規雇用や低所得層に失業や収入減,住宅喪失と生活困窮に陥る人が増加している。コロナ危機は長期化・深刻化することが見込まれ,収入減世帯の増加が懸念されている。
コロナ危機にくわえて,地球温暖化による異常気象で日常的に災害が来襲し,首都直下や,東海,東南海,南海トラフにおける連動型巨大地震の脅威も近づいている。
新建は,この事態をとらえて,「続発する大規模災害の支援活動に対する緊急アピール」(2019年11月17日 新建第32回全国大会, 2020年1月号)を発表した。
「多発する自然災害,それによる被災や復興過程の困難な状況に対し,建築とまちづくりにたずさわる者として,専門的知識と経験を生かし防災,減災,被災者支援に努力していくことを改めて確認する」とした上で,次の4点に取り組むことを宣言した。①被災者生活支援法の支援金300万円を500万円への引き上げを求める署名に取り組む,②活発な災害関連情報の発信,③被災者支援,被災地調査,減災対策などの活動,④避難所環境の改善に取り組む。
無機質化する空間と人間の社会性後退
コロナ危機に対してはどう考えればいいだろうか。
政府は,コロナ対策として,換気の悪い密閉空間で,人が密集し,人が手を伸ばしたら届くような距離で会話や発声をすること(密接)を「3密」と称し,これを避けるよう求めている(写真)。これによって,人との対面は身近な人や既知の人が中心になった。人が集まって語らう空間は,オンラインという無機質的な空間にとって替わられ,身体感覚でつながり信頼関係を育むことのできない日常が当たり前になった。
3密回避啓発ポスター(愛媛県)
机を離し段ボール紙で間仕切る(鳥取県)
大学でもオンライン授業が続けられている。学生は,自室にこもりオンライン授業を受ける日々で,キャンパスに行くことはないから友達と交流もできない。一方の教員は,受講している学生一人一人の様子を確認できないまま授業をしている。
人間相互の信頼と共同を育てられないオンライン空間の広がりと,リーマンショックを上回る経済危機で所得格差と人々の間の分断が広がっている。識者のなかには,経済が立ち直っても,人間の社会性が破壊される危険があるという指摘をする人もいる。
筆者もまったく同じ危惧をもっている。政府が主張する「新しい生活様式」は避けられないコロナ対策としても,これを日常にすることは,身体的な共感やつながりの拒否,コミュニティの弱体化をさらに進行させる危険がある。
コロナ危機の現在を正しく捉え,コロナ後の未来像を描こうとするとき,新建憲章が謳う「建築とまちづくりを社会とのつながりの中でとらえ,地域に根ざした建築とまちづくりを,住む人使う人と協同してすすめる」という理念は,より重要な意味をもつことになる。この理念の対極にある利益優先の住宅供給や開発は,持続可能な社会づくりに貢献しないばかりか,コロナ後の正しい未来像を描くこともできないだろう。
新建設立50周年記念特集
今年,『建まち』は1年を通して,50年を振り返り今後の運動を展望するという,設立50周年記念特集を組んでいる。
まず,1月号で新建の歴史と活動を確認し,つづく2〜9月号で,地域の生産力と民家継承,地域の施設づくり,災害復興,建築まちづくりの政策と法制度,建築技術と建築職能,住まいと居住,まちと地域づくり,の各分野から動向や取り組みが論じられる(写真)。
本号は機関誌としての『建まち』の歴史と役割を論じ,11月号は全国支部の活動,そして12月号で,新建活動の新たな時代を展望して締めくくられる。
『建まち』2020年1月〜7/8月号(492〜498号)
特集の開始にあたって,片方信也氏が,50年間の新建活動の歴史と取り組みを学ぶ際の視点を構想した。この五十年間は,住み手・使い手,まちづくり運動を担う住民やコミュニティを支える人々と,建築家・技術者,研究者の連携によって互いに心を結びつける信念,つまり人間の尊厳を守ろうという思いが貫かれてきたのではないか,とまとめている(1月号「新建五十年の歴史の意義を学ぶには」)。
つづいて,研究と実務のそれぞれの立場から言葉が寄せられた。佐藤滋氏(早稲田大学研究院教授)からは新建に三つの期待が寄せられた。生活の実態から建築まちづくりを組み立てる担い手として,高度なまちづくりの専門性を持つ技術者集団として,そしてまちづくりが開き連帯する触媒の役割,である。これらの期待を受け止めたい。
三井所清典氏(日本建築士会連合会会長)は,社会とのかかわりにこだわって建築活動をしてきた氏にとって『建まち』は親しみを感じる雑誌だと打ち明けた上で,建築士会連合会の地域貢献・社会貢献活動を紹介された。
『建まち』読書会を通した学びと交流
設立50周年記念特集と連結して,『建まち』読書会が実施されている。鎌田編集長の提案で,メーリングリストを使って,会員からの『建まち』論考の読書感想文と著者の応答を,メーリングリストで全国の読者に送るという取り組みである。
4月号の特集「災害に向き合う建築家技術者」では,筆者の「福島でいま起こっていること」に,地元福島の鈴木浩氏から筆者の不足の論点を補う論考と,全国から読書感想4本が送られてきて,筆者がその返答を書いた。
筆者の論考は,原発事故収束と放射性廃棄物処分,被災地復興における「帰還政策」,イノベーションコースト構想,避難者支援,「復興五輪」における強硬策などを取り上げ,それらに対する政府・東電の政策展開とその問題点をあぶりだそうとしたものだった。実は,筆者は鈴木氏のピンチヒッターだったので元より不十分な論考だった。鈴木氏から補足論点が送付されてきた。
それを簡単に紹介する。 ①原発災害の長期性・広域性・苛酷性に対し,その復興主体が市町村になっているという問題,②東電の損害賠償に導入されたADRが機能していない問題,③双葉8町村が復興連携を探ろうとする取り組みが始まろうとしていること,④地方交付税や選挙人名簿の確定根拠になる国勢調査の実施が今年10月行われるが,この調査結果が被災自治体をさらに窮地に追い込むことが確実であるという問題などである。 読書会をとおして,読者,筆者ともに福島における復興の問題の理解を深めることができたと思う。
以後,読書会はZOOM会議に場を移して続けられている。日頃から会員間の交流がある新建だからできる取り組みである。
『建まち』と私
筆者が,『建まち』を初めて手にしたのは,大学院修士課程を終えた頃である。それまで定期購読していたのは『日経アーキテクチュア』と『住宅会議』だった。商業建築ジャーナリズムとは一線を画し,住宅,建築とまちづくりの社会問題に関する研究を報告し提言をする『建まち』と『住宅会議』で,筆者は学びを深めることができた。
その後,筆者は,茨城大学に赴任し,主として家庭科教員を目指す教育学部の学生たちに住居学を教えることになった。研究室には,『建まち』のほか茨城県の近隣支部からの通信も届いた。支部の通信には,支部の取り組みや会員の歓談,会員の調査報告なども載せられていた。学生が住環境をよりよくすることの意味や目的が理解でき,そのための方法と効果がわかる図入りの報告記事を見つけると,よく教材に使わせてもらった。著者には報告しなかったが,ここで改めて感謝の意を伝えたい。
公共図書館と大学図書館の『建まち』
だいぶ以前にこんな記事を読んだ。どこかの図書館で,建築まちづくりをめぐる何かの問題について参考になる資料がないか相談したら,司書の方が『建まち』を紹介してくれたという。誰が書いた記事だったのか,いつのことか,どこの図書館での話だったのか思い出せないが,『建まち』は新建の機関誌というだけでなく,市民の学習や研究に応えられる雑誌としての位置を得ているということだ。
『建まち』には商業ベースの建築ジャーナリズムにはない特質がある。多くの図書館に置いてほしいし多くの読者を得たいが,実際のところ図書館にはどのぐらい所蔵されているのだろうか。国立国会図書館の検索システムで調べてみてわかったのは,『建まち』を所蔵する公共図書館,大学図書館はごくわずかだということだった。つまり,市民,教員,学生の間ではほとんど知られていないという結果だった。
水戸市立図書館(2020.2~),川崎市立図書館(2019.6~),愛知県立図書館(H2.1~H24.3,154~406号),名古屋都市センター(H7.4~),滋賀県立図書館(1980-1981,37-43),大阪府立図書館(1976~1988,271件),高知県立図書館(保存期間10年),福岡県立図書館(1982.8~1993.3,永年保存)で見つけることができた。
県庁所在都市としては名古屋市,大津市,大阪市,高知市,福岡市の5つの県立・府立の図書館をはじめ全国で8つの図書館・センターで所蔵していた。現時点で継続して所蔵しているのは,水戸市立,川崎市立,名古屋都市センター,高知県立の4館・センターである。首都圏では川崎市立だけである。
宮城県図書館,福島県立図書館,神奈川県立図書館は単発で所蔵していた。宮城県4件(2011.9,10,11/12,2012.10)と福島県1件(2018.3)は,いずれも宮城や福島における3.11の被害と復興に関する特集記事を組んだ号だった。
ちなみに,商業雑誌ではなく,会員向けの雑誌で目についたのは『建築雑誌』(日本建築学会)である。『建まち』よりいくぶん所蔵が多かった。
全国の大学(公立研究機関含む)では,30の図書館で所蔵していることが確認できた。金沢大学(1997,240),滋賀県立大学(1998-2020,継続中),高知大学(1976−1989),大分大学(2001-2019),沖縄大学(2002,297)がある。
このほか宮城大学,静岡大学,東京藝術大学,千葉大学,高岡万葉歴史館,福井大学,奈良県立大学,奈良文化財研究所,兵庫県立大学,徳山工業高専,東京工科大学,二松學舎大学,芝浦工業大学,法政大学,早稲田大学理工学,関東学院大学,日本大学生物資源学部,日本福祉大学,近畿大学工学部,川崎医療短期大学がある。購入をすでに止めている図書館も少なくない。
全国の公共図書館3,284(都道府県立,市区立,町村立,2019年)に対する所蔵率は0.2%,全国の大学図書館774(国公私立,2019年)に対する所蔵率は3.6%(大学以外の2機関を除く)となる。いずれの集計も全ての図書館が網羅できているとは限らない。また,すでに購入を止めている図書館も含めた数値である。
新建機関誌を超えるために
『建まち』の建築ジャーナリズムとしての特徴は,そのオピニオン性である。商業主義を排し,施主や使い手,住民とのつながりを大切にし,人間らしい生活を追求する建築とまちづくりの現場から紡ぎ出されたオピニオンであるところに特徴がある。
『建まち』が新建機関誌を超えるためには,建築とまちづくりにかかわる人々をはじめ,市民にも広く読まれることである。まずは,授業づくりをしている教員と学んでいる学生,建築とまちづくりに関心をもつ市民,地域で住民運動や施設づくり運動にかかわっている市民,建築とまちづくり行政や政策づくりにかかわっている人,そして自分らしい住宅を建てたいと考えている市民に手に取ってページをめくってもらいたい。そのためにも,公共図書館にこそ置いてもらいたい建築ジャーナリズムである。
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