原発避難計画の何が問題か 計画論から考える その3

これまでに3つの問題について考えてきた。4つ目の問題を考える。

問題4:杜撰な行政調査

茨城県は,2015年3月,県避難計画を策定し,2020年11月,その作業状況を広報した(「原子力広報いばらき」第1号,全県版とPAZ・UPZ版,図1)*。以下では,PAZ・UPZ版を取り上げ,これを読み解くことから始めて,計画作成過程における問題構造の一端に迫りたい。

図1 「原子力広報いばらき」第1号,PAZ・UPZ版(表紙)


広報に,目的の記載はない。「順次,避難計画の検討状況の詳細についてお知らせしてまいります」と書いているだけである。

原発の避難計画は,重大・過酷事故が起これば,住民を住まいと地域から,子どもを学校から,要避難者や要配慮者などを医療,福祉から引き離して,体育館や音楽ホールなどの非居住施設に移動させ,わずか2㎡/人の空間を当てがって,ベッド・布団・パーティションなし,トイレの圧倒的不足,風呂なしという,著しい人権侵害の雑魚寝生活を強いる計画である。茨城県民94万人を雑魚寝避難させる。

県は,そのような計画について,通常の広報と同じ軽さで広報しているのである。このあまりの軽さに驚く。

広報の内容は次の3項目,それぞれについてごく簡単に説明がされている。

1. 避難先の確保: ⑴避難していただく避難所,⑵避難場所の面積,⑶避難経路・避難手段,⑷避難所における滞在期間,主な検討事項
2. 避難退域時検査体制: ⑴検査の対象者,⑵検査の場所,⑶検査の流れ,主な検討事項
3. 避難退域時検査場所一覧

記載は,市町村向けにつくられた県避難計画に比べると,記述はより簡単である。わかりやすさを狙っているのだろう。が,課題の記述も簡単である。上記3項目のうち最初の2項目について,「主な検討事項」として一応課題をあげている。しかし,検討がどこまで進んでいるかは一切書いていない。問題の深さを浮き彫りにしないということだろう。

広報第1号の目新しい内容は,①5km圏と30km圏に住む94万人の避難先受け入れ人数(表1),②避難退域時検査場所一覧(図2),の2つである。①は,94万人の住民を受け入れる県内,県外市町村ごとの人数である。②は,放射能が放出された後に避難する住民の30km圏を出る時の,被ばくの検査場の位置を示す図と一覧表である。


表1 避難先自治体数と受入人数

図2 避難退域時検査所一覧


この広報は,要するに,5年半をかけて,検査場設置場所と,避難者受け入れ先自治体との調整がここまでまとまったという報告である。しかし,これらは,果たして,住民がもっとも知りたかったことだろうか。

市民は,住まい,学校,職場がある地域の生活者である。県は,市民の避難への不安に答えるために何を伝えるべきかが理解できていない。

筆者は,自分はどこに避難することになっているのか,避難先と避難所を知りたいと思い,今年2月,水戸市防災危機管理課を尋ねて,水戸市民の避難先と避難所一覧の情報開示請求をした。しかし,それはまだ決まっていないという理由で,開示は拒否された。

窓口で確認できたことは,①避難所は小学校区の単位で割り当てる,②市民が避難手段として利用する自家用車の避難先での駐車場確保は2022年3月までに広報する,という2点であった。

水戸市の27万人は,茨城県内をはじめ群馬県,栃木県,千葉県,埼玉県の5県40市町に避難することになっている。水戸市からもっとも遠い164km先の群馬県高崎市には,10,640人がバスまたは自家用車で移動する。10,640人という数字は当然,学区を割り当て,学区の人口をもとに算出しているはずだ。

すでに避難計画を策定した常陸太田市や常陸大宮市などは,どの住区がどこの避難所に行くかの一覧表を公開している。表には,福島県や栃木県の小学校,体育館,運動公園などの具体名が書き込まれている。

しかし,この一覧表には,避難所の収容数も,どこの住民がどこに何人「収容」されるのか,といった数字は公表されていない。

さらに,その施設のどこが「居住空間」に転用されるのか,トイレ,風呂の衛生設備はどれだけあるのか,ないのか,換気冷暖房設備はあるのか,ないのか,簡易ベッド,パーティションはどれだけ用意されるのか,されないのか,福祉避難所はあるのか,ないのか,なども記載がない。

避難生活は,それだけで市民の命と健康の維持条件を著しく損ねるものだが,これら最低限の情報でさえ確認できない。自治体が,これらの重要課題を解決しないまま計画を策定したとすれば,それは市民を欺く行為である。

一覧表から,自分は例えばこの小学校体育館の床で,毛布1枚で何週間,何ヶ月かを雑魚寝して過ごすという哀れで危険な生活をイメージしたい。

毎日新聞が,今年1月から継続的に,茨城県が,県内外の避難先自治体に,避難所収容数の割り出しについて玄関,トイレ,倉庫も含めた床面積を2㎡/人で算定させるという,県民の命,健康を無視した,杜撰きわまる調査を依頼していたことを暴いている **。この記事は英文ニュースにもなって海外に発信された。

この調査報道は,自治体首長らが唱える「実効性ある避難計画」というお題目が,避難所不足という決定的な問題によって絵に描いた餅でしかないことを明らかにした。自治体調査の杜撰さが明らかにされても,見直しをしないという強弁を通す自治体もあるというが,茨城県,市町村が杜撰な調査にもとづく避難計画を見直さずそのまま押し通すならば,県民の不信はさらに膨らむ。それだけでなく,東海第二原発の再稼働阻止への県民意思を強め,高めることになるだろう。

話は戻るが,すでに避難計画を策定した常陸太田市,常陸大宮市,笠間市,鉾田市の住民は,数字合わせの杜撰な調査の結果が計画に反映されていないか,調査する必要がある。

一方,避難人口規模が桁違いに大きい都市,水戸市(人口27万人),日立市(17万人),ひたちなか市(15万人)では,避難計画がいつできるかまったく見通すことができないでいる。これら巨大な避難計画人口を抱える自治体の避難計画は,より問題は深刻である。住民の避難所の一覧が発表されたら,数値に欺瞞はないか,さらには市民の安全,健全な避難生活を十分に支えるものであるかどうかを確認する必要がある。

さらに,駐車場の絶対的不足という問題もある。避難の移動手段は基本的に自家用車とされているからである。

避難計画人口94万人は,391,667世帯と推定できる(県統計,2020年12月)。1世帯1台で避難するとすれば40万台だが,2台以上所有する世帯が多く,平日の日中の避難開始となれば1世帯で複数台利用することになるだろう。全世帯が2台利用することを想定すれば,最大80万台が移動する。

水戸市では,2022年3月までに避難先で駐車場を確保しそれを公開するという。それが公開されれば,それはどんな根拠によるものか,どこにどれだけ配置されるのか,駐車場から避難所へのアクセスはどうか,そもそも膨大な数の車の駐車場確保が避難先で迷惑をかけないのかなどについて,住民は調査をしなければならないだろう。

そもそも自治体が,杜撰な調査をしつづけ,それが発覚しても,なお押し通そうとするのは,内閣府が,避難先と避難ルートの確定を持って計画完了とし,それを1年で完了させることとする策定スケジュールをつくっているからである ***。県と市町村は,早く,簡便に策定するように要請されているのである。

結局,県避難計画から5年半をかけたにしては,広報1号には何も内容がなかった。避難計画は順調に作成作業がなされているかのごとく描いてみせただけである。それから半年たつが,2号はまだ出ない。


「原子力広報いばらき」第1号,PAZ・UPZ版,2020年11月

**  避難計画関連の報道,東海第二原発避難計画関連,東海第2原発差止訴訟団HP

*** 「市町村避難計画策定までのスケジュール」,内閣府,2015年

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