経済安全保障法案と原発


経済安全保障推進法案が,今国会で通過されようとしている。法案の趣旨はつぎのようである。

国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の 安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的 に推進するため、基本方針を策定するとともに、安全保障の確保に関する経済施策として、所要の制度を創設する。

複文と重文を重ねたひどく長い文で,とてもわかりにくいが,要するに,国の安全,国民の安全が脅かされないように,民間企業や大学などの研究機関の活動を経済安全保障の名の下に規制,監視しようとする法案らしい。

この法案が議論されている最中,ロシアによるウクライナ侵略戦争がはじまった。サプライチェーンが混乱し、エネルギーの安定供給や資源の調達にリスクが生じた。その影響で,物価が上昇している。サイバー攻撃の脅威も高まっている。

ロシアの侵略戦争で,経済安全保障の重要性を主張する動きが強まった。経済安全保障と言われれば,つい納得してしまいそうだが,海渡雄一弁護士は,ツイートで,この法案の問題を次のように指摘している。

「経済安保法案は秘密保護法制を拡大し、官に対して課された秘密保護法制を、民間企業や大学・研究機関にまで拡大するものだ。 これをそのまま認めてしまうと、アメリカのような軍産学共同体が出現し、そして、その活動が秘密のベールで覆われてしまう」

ところが,経済安全保障の観点から原発を再稼働させなければならないという,聞き捨てならない議論が現れた。下は,国民民主党代表・玉木氏のツイートである(3月25日)。


説明が抜けていてわかりにくいが,こういうことだ。日本の原発の高い国産化率を維持するためには,日本の原発機器設備メーカーによるサプライチェーンの喪失を防がなければならない,すなわち,日本の原発メーカーの撤退を防がなければならない。そのために,原発を再稼働させなければならない,という理屈である。

現実は,日本の原発メーカーの撤退がすでにすすんでいる。その背景には,3.11後,原発の新設がないという事情がある。日本のサプライチェーンの危機を報じた電気新聞記事は,「原子力部品の供給網危うく」という見出しをつけている(3月17日) *。

国内原子力部品産業のサプライチェーン(供給網)が、欠落し始めている。
日本原子力産業協会の調査によると、東京電力福島第一原子力発電所事故があった2011年以降、約20のメーカーが原子力部品の製造事業から撤退した。
部品産業を維持しようと、三菱重工業は撤退した企業から設計図面を受け取り、部品や工具の内製化に着手。同時に代替の事業者も探し始めている。日立製作所も部品の内製化を選択肢に入れている。
原子力関連の固有技術を持つ企業は、国内で400社以上存在する。福島第一事故以降、国内で原子力発電所の新設がなく、こうした企業は経営状態が悪化している。近年は撤退の動きが顕著で、12~18年度までは累計で10社の撤退にとどまっていたが、19年度と20年度は5社ずつ撤退。一部部品の供給が危うい状況になっている。


「供給網の強化」は法案の目玉である。国が指定した半導体や医薬品など「特定重要物資」の調達が監視対象となる。玉木氏は,法案でサプライチェーンが重要な位置に置かれていること,その一方で,原発のサプライチェーンの欠落が進行していることを知って,先のツイートをしたのだろう。しかし,この記事を読めば,氏の主張は完全に間違っていることがわかる。

氏は,原発を再稼働させて日本のサプライチェーン欠落を防ごうと論じたが,サプライチェーンの欠落防止は,再稼働ではなくて,新設をすすめないと実現できない。要するに,玉木氏は,原発の再稼働は経済安全保障のために必要と主張するが,原発の再稼働は経済安全保障には繋がらない。

安全保障論を言うのなら,むしろ,全国で原発54基(廃止も含む)をもち,うち日本海側に世界最大規模の柏崎刈羽原発をはじめ31基(廃止も含む)を配置させていること,そして福島第一原発事故で長期停止していた原発を次々と9基も再稼働させ,残る原発24基も再稼働させようとすることこそ,最大の安全保障問題であるということを指摘しておきたい。



* 「原子力部品の供給網危うく/国内、新設なく約20社撤退」, 電気新聞,2022年3月17日

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