被災地で推し進められる福島イノベーション・コースト構想
全国には18サイトの原発があり(六ヶ所村を入れると19),うち原発ゼロサイトは,福島県の福島第一原発と第二原発である。福島県は,原発事故後いち早く,「原子力に依存しない社会を目指し,環境との共生が図られた社会づくりを推進。このため,国及び原子力発電事業者に対し,県内の原子力発電所についてはすべて廃炉とすることを求める」と述べ,原発ゼロを目指すことを宣言した(福島県復興計画(第一次),2011年12月)。県のこの計画に従う形で,東電は,2019年7月,ようやく第二原発の廃炉を決定した。
福島県につづく原発ゼロ地域は,福井県敦賀市と茨城県東海村だろうか。敦賀市には,活断層の上にあると疑われている敦賀2号機があり,活断層が認定されれば廃炉になる。東海村には,40年を越すきわめて危険な老朽原発で,首都圏に近く,再稼働反対運動のうねりが起きている東海第二原発がある。この2市村が原発をどう捉えているのか,総合計画の方針を読んでみた。
敦賀市の総合計画では,
原子力発電所の長期運転停止を背景とする地域経済の停滞や人口減少,そして財政状況の悪化等(中略),このような難局を,市民との絆を強固にする機会と捉え,交流拠点都市の実現に向け,現状を取り巻く停滞を発展にかえ,市民とともに,再び敦賀の魅力と活力を取り戻すことを目指す(第6次敦賀市総合計画後期基本計画,2016年)。
計画は,原発の長期停止は市の難局だから,市民の強固な絆で市民とともに,停滞を発展にかえ活力を取り戻すと,市民を鼓舞している。
東海村の総合計画では,
原子力は,自然科学の知識を探求する長い営みの中で発見・発展し,今日の生活水準の維持に役立っています。今後も東海村は,様々な科学技術の知識の創造に貢献する地域社会であってほしいと思います(東海村第5次総合計画,2011年)。
東海村は,JCO臨界事故と,東海第二原発が全電源喪失から際どいところで免れた経験をもつから,どこよりも原発に厳しく向き合う自治体でなければならないが,「科学技術の創造に貢献する地域社会であってほしい」と,計画はたいへんのどかである。
時代は廃炉の大量時代に突入している。にもかかわらず,敦賀市は市民の絆に依存して原発からの決別を明確にできず,東海村は原発の過酷事故経験をもう忘れたかのようで,まもなく現実になる原発ゼロ地域を構想することもできない。
今回の論考は,原発ゼロとなった福島県で復興計画としてすすめられている「イノベーション・コースト構想」(以下,構想)を取り上げる。この構想は被災地の復興計画だから,一般的な廃炉後の地域再生とは事情が異なるが,構想はどのようにしてできたのか,構想は被災地の復興に役立つのかについて若干の検討をし,今後の原発ゼロ地域のために引き出せるものを考えたい。
原発ゼロで直面するのが,もともとの地域産業が衰退していることである。これまでしばしば原発で町は豊かになると誘致の長所が説明されてきたが,現実はそうならなかった。そのわかりやすい一例が,福井県越前市と原発が立地する敦賀市の格差である。
敦賀市は人口6.5万人,越前市8万人で,敦賀市は人口規模で越前市より幾分小さいが,事業所数(従業者4人以上)は,敦賀市77に対し越前市295,製造品出荷額は,敦賀市11.8億円に対し越前市61.4億円で,2市の差は歴然である(平成30年) *。指数で見れば,事業所数では敦賀市を1とすれば越前市は3.8,製造品出荷額では敦賀市1に対し越前市は5.2である。要するに,原発が敦賀市の工業生産力増進に貢献することはなかったのである。
「福島国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」(以下,構想)は,被災地に新たな産業を起こそうとするもので,福島県浜通りの全ての市町村,15自治体で展開される壮大な計画である。国のほか県,市町村,企業などが連携する国家プロジェクトで,2017年から2019年の3年間で2,300億円を計上する巨大プロジェクトである。プロジェクトの内容は,廃炉やロボット,大規模なメガ発電を含むエネルギー,農林水産などの6分野がある。
この構想は,2014年6月,赤羽一嘉経済産業副大臣(現,国土交通大臣)が立ち上げた私的研究会「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想研究会」でまとめられた報告書「世界が注目する浜通りの再生」がもとになっている。
2017年,構想は,福島復興再生特措法改定で法定化された。 特措法の目的は,原子力災害からの福島の復興及び再生の推進を図り,東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生に資することとされる。
これを受けて,福島県は,構想を次のように位置づけている。「
県民の皆さまが『安心して暮らし、子どもを生み、育てることができる』福島の実現を目指すことが何よりも重要であると考え、国や市町村等と連携して、未曾有の原子力災害からの復興・再生のため、国の特別の支援を確保する新たな法律の制定に取り組んできました。(中略)この法律を最大限に活用して、誇りあるふるさとを再生する様々な施策の実現に取り組んでまいります」。
構想の推進役,赤羽一嘉氏は,2019年9月の内閣改造で国土交通大臣になった。政権は,この構想立案の中心的政治家を国交大臣に据え,構想を推進して福島の「復興」を見せたいのだろう。
構想は次のように図示されている(図)。
図1 福島イノベーション・コースト構想 (福島県HPより引用)
図は,福島県全域を取り囲んで,「廃炉研究」「ロボット」「エネルギー」「農林水産」「環境・リサイクル」「大学研究/教育,人材育成」が描かれる。これら6分野のプロジェクトの施設は,浜通り15市町村に分散配置される。県全体を囲う楕円は,浜通りのプロジェクトが県全体に波及するという狙いを表現するもので,内堀知事は「浜通りはもとより県全体を力強く復興させる動きが本格化している」と,構想の波及効果が出ているようなコメントをしている **。
プロジェクトを概観する。廃炉研究では,楢葉遠隔技術開発センター(楢葉町),廃炉国際共同研究センター(富岡町),大熊分析,研究センター(大熊町)が,それぞれ3自治体に分散して設置される。事業者はいずれも原子力研究開発機構(東海村)である。ロボット分野や エネルギー分野では民間事業者が進出する。大学研究/教育・人材育成分野では,地元高校や東京大学など浜通りで連携研究をしている大学が担い手だという。
内堀知事は,県全体の復興の動きが本格化しているというが,肝心の浜通りの復興はどうなのだろうか。
原町商工会議所が地元商工業者を対象に実施した調査報告書(2017年)がある。事業復興の現状,構想への期待などを調査しまとめたものである。原町商工会議所は,南相馬市原町に拠点を置き,南相馬地域南部(小高区)や双葉地方(浪江,双葉,大熊,富岡)を商圏とする商工業者で構成する地域組織である。
報告書は,調査結果を踏まえて,①震災後6年を経過しているが売り上げが回復しない,②施設・設備の稼働率・営業時間が回復しない,③今後の事業継続が不安定など,およそ復興とはいえない状況にあることを報告している ***。
原町商工会議所が商圏としている南相馬市と浪江町は,ロボットテストフィールドの拠点に指定されているところである。このプロジェクトは,地域の復興の本格化を推し進めているだろうか。報告書は,「この地域で対応できるのは数社程度だろう」という会員の声を取り上げて,地元企業との技術力の格差が大きいことを指摘している。要するに,構想のロボットテストフィールドは,南相馬市と浪江町の地元商工業者の復興にはまるで役に立たないのである。
この構想は,そもそも地域の復興課題に発して方法を検討したものではない。地元商工業者が復興を感じられず,構想にも期待を持てないのは当然である。
2019年度,国が新設した「自治体連携型持続化補助金」(地方公共団体による小規模事業者支援推進事業)がある。被災した中小企業向けに補助金を出すもので,都道府県の負担の1/2を国が補助する。どんな業者を対象にするか自治体が制度設計できる制度である。このような,地元の要望にもとづき,ひとり一人の被災業者の事業再建に応えられる制度を充実して支援していくことこそが必要だ。
一般的な廃炉を迎える原発立地地域は,福島の被災地とは事情が異なるから,地域の自立再生に貢献することのない巨大プロジェクトが持ち込まれることはない。もちろん,そのようなものは不要だ。立地地域ですべきことは,地道ながらも自治体,住民,商工業者が,地域の課題を議論を積み,将来像を描き上げていくことしかない。
* 福井県工業統計調査 平成30年.
**「クローズアップ 福島県の『研究産業都市』構想 被災者置き去り 大開発に2300億円 共産党県議団『福祉型への転換』訴え」,しんぶん赤旗,2019年9月19日.
*** 原町商工会議所,「『地域経済産業活性化対策委託費(商工会議所・商工会の広域的な連携強化事業)』報告書」,平成29年3月.
(原電茨城事務所前抗議行動「星空講義」18,2019年10月18日)
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