非常時の計画 ー原発避難計画は可能かー
2020年春,私たちの地球はコロナパンデミックに襲われ,これまで世界の感染者合計は7,630万人,死亡者数169万人,日本はそれぞれ19.9万人,2, 900人に達した(12月20日)。このコロナ感染拡大を防ぐため無数の計画が中止された。
東京五輪は,昨年夏,開催予定だったが,中止ではなく,今年への延期という異例の決定がなされた。だが今年夏,コロナが収束している保証はない。菅首相は,計画続行を正当化させるため「コロナに打ち勝った証として開催する」と述べた。考えてみれば,東京五輪は福島第一原発の事故収束について何の見通しもない2013年,安倍前首相が「アンダーコントロール」と嘘をついて招致を成功させた。
非常事態に直面しても,すぐに収束する(あるいはコントロールされている),だから計画続行は問題ないという計画者の心性は,計画者の正常性バイアスと呼べるだろう。しかし,これがどれだけ危険な事態を招くかは,現下のコロナ危機で私たちは日々経験している。
非常時の計画の問題はもう一つある。近年,巨大な災害が相次ぎ,被害も大きくなっている。非常時の対応計画はどこまで可能なのかである。以下では,3.11を経験した日本で初めての策定で,その策定がもっとも困難な原発広域避難計画を取り上げる。
まず,平時が前提の計画はどのようなものか。たとえば住生活基本計画は,国民の住生活の安定の確保及び向上の促進に関する基本的な計画である。市民の住生活は,家族,人口,社会,経済など様々な要因が絡みあって変化し,市民のニーズも変化する。これらの変化要因を分析して計画をつくり,実施後,その成果を踏まえ新たな課題も取り込んで5年程度で改正される。このサイクルを過程として計画の目的が実現されていく。
他方,原発避難計画は,原発立地と周辺の自治体に策定が義務づけられたもので,計画の「実効性」が求められている。この計画は,原発事故に際して市民の一斉避難(あるいは避難行動に出ないこと)を指示,誘導するものである。
東海第二原発がある茨城県では,避難計画の対象者は94万人,避難手段は自家用車か自治体が用意するバスなど,避難先は人口27万人の水戸市の場合もっとも遠いところで164km先の群馬県高崎市である。この数字を見るだけでも計画の実現性は限りなく低い。
具体的に計画の課題を見ていくと,複合災害(原発事故と風水害,地震,津波,コロナなどとの複合災害の対応),初期被ばく(そもそも被ばく前提の避難は許されるのか,特に乳幼児の被ばく),災害弱者の避難(施設入所者,病院患者,高齢者などの避難),避難経路(道路不通,橋陥落などへの対応),道路渋滞(何10万台もの避難自家用車が幹線道路に入る),避難者受け入れ自治体(受け入れ先との折衝,絶対的避難所不足)などがある。
先に確認したように,計画とは,策定と実施,新たな計画策定のプロセスそのものであり,これによって計画目的が実現される。しかるに,原発避難計画はそもそも初めてで,このプロセスがない。一発勝負の計画なのである。
また,この計画は,大規模一斉避難行動について規定するが(避難しないことも規定する),その策定要素は上記のように多様で,しかもそれぞれの要素条件はあらかじめ確定できるものではない。さらに,計画どおりに住民が行動できるとは限らないという,もっと予想困難な要素もある。
原発避難計画の策定があまりに困難なので,茨城県大井川知事は昨年6月,「(原電の「安全対策工事」完了予定の2022年12月より)もっともっとかかる」と述べた。計画はいつできるか分からないというのである。計画期日を確定できない計画はもはや計画ではない。モデルや条件設定の取り方いかんで,検証できたといかようにも宣言できる。もはや事故によってしか真の実効性を検証できない計画が,「実効性ある避難計画」になれるはずもない。
『建築とまちづくり』2021年1月号
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