東海村の自分ごと化会議の参加者問題を考える
去年12月19日,東海村は,「日本原子力発電株式会社東海第二発電所問題に関する『住民の意向把握』に向けた調査・研究の一環として」自分ごと化会議を開催した。
会議の参加者は,住民基本台帳から無作為抽出した村民1,000人を対象として,会議への参加希望を募り,参加を表明した住民を参加者とするという方法で決められた。この方法で村は26人を決めたと発表し,19日の会議には18人が出席した。
ところが,このうちの一人は日本原子力研究開発機構(JAEA)の職員で,無作為抽出による参加申し込みの権利を得たのは妻であったのに,妻の代理参加を申し出,村がこれを承諾して参加者にしたというのである *。
東京新聞は次のように報じている。
村によると、代理出席した原子力機構の男性職員は昨年9月、妻に無作為抽出の通知が届いた際、電話で妻に代わって出席を希望。村は構想日本と協議し、男性が会議に強い関心を示したことから、代理出席を認めた。
男性は第1回の会議の際に「(参加通知が)妻に当たった」と発言。再稼働の賛否を明らかにしなかったが「(原発を誘致した自治体に国が出す)電源立地交付金が、村予算の中でどの程度占めているのか」と質問し、第2回以降の議論のテーマになった。
原子力機構は原子力に関する総合的研究開発機関で、原発と深い関わりがある。会議での発言は、原発の誘致が自治体に財政的恩恵を与える側面を強調する目的ともとられかねない。村によると、傍聴者から会議後のアンケートで、代理出席を疑問視する意見が寄せられた。それを受けて、村は構想日本と再協議し、2回目以降の代理出席を認めないとともに、本来の参加者の妻が参加することを確認したという。
そもそも村は,この会議は「調査研究の一環」だと位置づけている。「調査研究」なら,自ら設定したルールに則って参加者を決定しなければならない。しかし,村は,自らつくったルールを曲げて,恣意的に参加者を決定した。調査とは何かを理解しない者がやると,こんな出鱈目が平気でまかり通る。
振り返れば,去年9月19日,自分ごと化会議のプレイベントとして開催した講演会で,山田村長は,無作為抽出法は「声の大きい人」が集まることを避けられると,この会議のシステムの長所を強調した。松江の提言書でもあえて「普通の市民」が集まった会議であると説明した。
村長が言うところの「声の大きい人」とは,おそらく東海第二原発の再稼働反対を主張する人である。村長は,反対を主張する住民が集まることを避けたかった。しかし,「声の大きい人」は別に,再稼働反対を主張する人だけではない。再稼働推進を主張する人にも「声の大きい人」はいる。件の職員は,どちらかははっきりしないが,会議で自分の声を大きくしたかった。そこで,応募資格がないにもかかわらず,村に自分が参加できるようにねじ込んだ。
JAEAは原子力推進の研究機関である。その職員が,資格がないのに,参加者決定のルールを曲げさせて会議に参加すれば,歪んだ意図を持って参加を目論んだ不正な参加者と受け止められる。これを許せば,会議の趣旨が歪められる。また,会議の趣旨に賛同し,信頼して参加したほかの参加者に,村に対する不審を抱かせることになる。件の職員が,再稼働反対の立場か,賛成の立場かとは関係がない。不正に参加の権利を得た,そのことが問題なのである。村は,傍聴者らの抗議を受け,弁明もせず,職員の会議参加者の地位を剥奪した。当然だろう。
村は,この「調査研究」を計画した時,自分ごと化会議をきちんと位置づけ,それにもとづいて,村民の応募基準を明確にしておくべきだった。しかし,基準を設けなかったために,JAEA職員を恣意的に参加者にさせるという問題ある決定を,問題ある決定と認識しないまましてしまった。会議でその発言を聞いた少なからぬ傍聴者が不審を抱き,報道で不正な参加の事実を知った多くの人々が,村と会議へ不審を抱いた。しかし,もっとも村に不審を抱いたのは,会議の当の参加者だろう。
聞くところによると,東海第二原発の事業者である原電関係者も会議の参加者にいるという。もしそうなら,これは大問題である。原電関係者は当事者というべき立場にあるからである。私は,この会議を住民による会議と位置づけるなら,趣旨を貫徹させるために,原電は当然のこと,JAEAをはじめとする原子力関係者は,会議の参加者から除外すべきだったと考えている。
話は少し変わるようだが,福島第一原発事故を受け,ドイツのメルケル首相らが指名して構成した「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」(安全エネルギー供給倫理委員会)というのがある。メルケル首相は,この倫理委員会の報告を受けて脱原発の最終決定を行なった,有名な委員会である。
この倫理委員会には,原発関係も電力関係者も入っていない。委員長は,元連邦環境大臣で元UNEP事務局長と,ドイツ研究振興協会代表でドルトムント工科大学教授(金属工学)の2人である。委員は15人,研究者ほか,教会関係者,労組関係などである。研究者の専門は,リスク社会学,哲学,環境政策,経済学などで,原子力関係の研究者はいない **。
なぜ原子力と電力関係者を入れなかったのか。それは,倫理委員会という名に示されるように,純粋に技術的な答申以上の,より深い道徳的,倫理的問題を検討するためである。ドイツには倫理委員会の長い歴史があり,たとえばバイオ医療や医薬品などの問題について社会的対話を進めるために,自然科学,医学,神学,哲学,社会科学,法学,環境,経済学などの各分野の委員によって議論されてきた。
安全エネルギー供給倫理委員会の設立はなぜ重要だったのか。ドイツには,脱原発への歩みの歴史があることと関係している。3.11を受けとうとう,数10年にわたって議論されてきた脱原発の最終決断を下すために,原子力エネルギーの倫理的次元,気候変動に直面しているなかで原子力利用を止めるという決断の倫理的意義を検討することが求められたのである。さらに,原発を急いで止めることの持つ意味,原子力と化石燃料に変わる代替エネルギーについても検討された。安全エネルギー供給倫理委員会は,これらの問題を検討し,代替エネルギーの将来ビジョンを描いた。
さて,東海村の自分ごと化会議は,当事者に当たる原電関係者ほか原子力関係の住民を4割ほど含めた住民会議である。会議日程が全部で5回と決められているだけで,5回の議論のテーマは何も決められていない。2回目以降の議題の一つが,件のJAEA職員の発言で決められたという,行き当たりばったりの「会議」である。
私はまずは,会議運営の公平性を担保するために,当事者たる原電関係者ほか,原子力関係者の参加者が,会議で発言する場合は,会議内及び傍聴者にも関係者であることを明らかにした上で,発言してもらうこととするべきだと思う。原子力関係の参加者の発言で,意図的な誘導が引き起こされないようにするためである(アッシュ実験の実験場みたいにならないように)。加えて,行き当たりばったりの会議運営方針をやめて,議論すべき課題を整理し,積み重ねの確かな会議をするべきである。
東海村には,「東海村TOKAI原子力サイエンスタウン構想」というのがある。3.11後につくられた。東海第二原発の再稼働問題をどう捉え,東海村の将来ビジョンをどう描くか,これは村民の重大な課題であるはずだ。5回の会議ではなんともならないだろうが,将来ビジョンを描くための下地となるような議論が求められていると考えるべきである。この会議が今後,どのように運ばれていくのか,注視していく必要がある。
* 無作為抽出なのに…/ 原子力機構職員 代理出席/原発問題話す東海村の村民会議,東京新聞,2020年1月14日
** 安全なエネルギー供給に関する倫理委員会著,吉田文和,ミランダ・シェラーズ編訳『ドイツ脱原発倫理委員会報告 社会協働によるエネルギーシフトの道すじ』,大月書店,2013年
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