原発避難計画の何が問題か 計画論から考える

今年3月18日,水戸地裁は,住民が提訴した東海第二原発運転差し止め訴訟に対して,再稼働の禁止の判決を言い渡した。5km圏と30km圏に住む原告らについて,東海第二原発の再稼働に対する避難計画は実質的に困難であり,避難を実行し得る体制が整えられないとして,人格権侵害の具体的危険があると認めたのである。

東海第二原発の再稼働を前提にした避難計画が困難なのは,30km圏内に94万人が住むという人口規模の巨大さがベースにあるが,くわえて複合災害への対応,災害弱者の避難,正確な情報伝達,移動手段と経路の確保,初期被ばく,絶対的避難所不足など,解決不能の問題がたくさんある。

94万人の避難計画と安全な避難は可能だ,と考えている人はいないだろう。被ばくリスクと避難を受け入れて東海第二原発の再稼働を認める,という茨城県民も首都圏住民もいないだろう。

自治体が,たとえ,形を整えて避難計画を策定した,としたところで,国の防災基本計画が求める避難計画の「実効性」確保は到底無理である。


そもそも避難とは何か,改めて,そこから考え直したい。避難とは災害の危険から身を守るためにするものである。来襲まで時間がない津波の場合の避難行動指針「てんでんこ」は,「津波が起きたら家族が一緒にいなくても気にせず、てんでばらばらに高所に逃げ、まずは自分の命を守れ」だ。

個人の判断で避難行動を起こせ,家族でさえ慮るな,と教える「てんでんこ」は,究極の避難行動指針だが,避難の目的からすれば当然だ。津波のように緊迫していない場合は,家族で,あるいはコミュニティや集団のリーダーが状況を判断して,もっとも安全と考える行動をとることになるだろうが,避難行動の基本はやはり,自律的判断と自主的行動だ。

しかるに,原発事故には避難の計画性が求められる。

原発避難計画は,個人や家族などによる個別の判断と行動を拒否し,住民には,予め決められた順序で行動することを要求する。勝手に避難を始めてはいけない,避難が指示されたらどこへどのように行動するかも指示するのである。

ここから考えれば,避難行動の原則を無視して,原発事故時の住民の避難を計画的であることを求める原発避難計画は,住民を危険から守るためのものではないということがはっきりする。「避難」を冠に置いているから,住民のための計画だと思うかもしれないが,そうではないのである。では,いったい誰のための計画か,と問いを立てれば,答はもはや一つしかない。原発事業者のための計画である。原発事業者に原発を再稼働させるための計画である。

原発避難計画の本質的な問題は何か。計画論からこの問題を考える。取り上げるのは,茨城県で現在,作成がすすめられている原発避難計画である。

なお,茨城県では,県の「原子力災害に備えた茨城県広域避難計画」(2015年3月策定、以下,県避難計画)にもとづいて,14市町村が避難計画を準備している。

このうち,これまでに避難計画を策定したとしているのは,人口が比較的少ないか,避難区域が自治体の一部に限られている5自治体だけである(常陸太田市,常陸大宮市,笠間市,鉾田市,大子町)。残る9自治体は,水戸市(人口27万人)をはじめ人口の多い自治体などで,県避難計画が策定されてからすでに6年経過したが,策定の見込みはまだない。


原発避難計画の問題1:目標の定めがない計画

計画は目指す目的が明確であることが大切である。ところが,上位計画である茨城県の避難計画には目的の規定がない。目的のない県の計画を受けて策定される下位計画の市町村避難計画は,いったいどんな目的をたてているだろうか。

まずは,国の「地域防災計画(原子力災害対策計画編)」の計画目的を確認する。

「住民の生命、身体及び財産を原子力災害から保護すること」と記載されている。

茨城県の避難計画は,国のこの計画を根拠にして策定されたものだが,ここには「計画の目的」の項目がない。

計画とは,科学的予測にもとづいて,社会問題に対する解決のあり様とその方法を示すものである。だから,計画達成には当然,目標や将来像と,それを目指すという目的が明記されなければならない。それが計画であり,計画目的である。したがって,目的をもたない計画は計画とはいえない。

県避難計画には,計画目的はないが,その代わりにというべきか,冒頭にごく短い「策定の趣旨」が書かれる。計画の目的は一応,そこに見い出せる。

「あらかじめ避難計画を策定することとされている市町村の取組を支援するため」

県避難計画の目的は,市町村の避難計画策定支援だとわかる。では,この県避難計画を受けて策定された5市町の避難計画は,どのような目的を掲げているか。次にまとめた。

常陸太田市:「住民への放射線の影響を最小限に抑えるために」

常陸大宮市:「あらゆる事態に対応した市民等の安全の確保」「避難後における安定・安心した市民生活の確保」

笠間市:「市域を越えた住民避難等の応急対策が迅速に実施できるよう」

鉾田市:「市民等に対する放射線の影響を最小限に抑える防護措置を確実なものとするため」

大子町:記述なし

常陸太田市と鉾田市は「住民の放射線の影響を最小限に抑えるため」「放射線の影響を最小限に抑える防護措置を確実なものとするため」と,共通する表現がどこかからの引用を思わせるる。笠間市は「避難の応急対策が迅速に実施ができるよう」と,自治体自身のためにつくったと書く。しかし,市民に対する責務や目標については記述がない。大子町はかなりおざなりで,何のためにつくったのかという記述そのものがない。

県避難計画の目的は,14市町村の計画策定支援だから,簡素でいいかもしれない。しかし,市町村の避難計画は,直接に市民に対して権限を行使して,著しい人権侵害の避難生活を強いるもの(「原発避難計画の何が問題か 計画論から考える その3」)であることを考えれば,計画目的は,避難の必要性と市民への最大限の配慮が明記されるべきである。

しかし,そのような計画目的を明記するものは,上記のように一例もない。上位(茨城県)避難計画の目的がおざなりだと,下位(14市町村)の避難計画の目的もまたおざなりにならざるを得ない。市民に被ばくと非居住施設での雑魚寝避難生活を受け入れさせる計画に対する,自治体の無感覚,無責任さが,上位避難計画から下位避難計画へと連鎖している。

これが,東海第二原発発立地地域の県避難計画と,それを受けた地元の避難計画の関係である。こうして,地元自治体は,無感覚,無責任に,住民に被ばくと悲惨で過酷な避難を「計画」の名のもとで受容させようとしている。


問題2:策定期日のない計画,もっとも実効性確保の困難な計画

先に述べたように,県避難計画は2015年3月に策定されたが,6年たった現在,14市町村の避難計画が策定できる目処はたっていない。

茨城県大井川知事は,「(避難計画の策定は,原電の安全対策工事完了予定の2022年12月より)もっともっとかかる」(2020年6月)と述べ,県広報も「スケジュールありきではなく」(「原子力広報いばらき」,同年11月)と書いた。

いつできるかわからないという原発避難計画の問題を考える前に,計画における「計画期間」とは何かについて整理しておきたい。

計画は,目標に向けた行動指針を示すもので通常,計画期間が設けられる。見通し可能な計画期間を設けることで,計画は,目標に向けた行動指針となり,行動を具体化できる。計画が長期にわたると,その期間中に社会,制度,人々の意識,その他様々な条件が変化して計画の見通しが困難になる。計画の目的達成が困難になるばかりでなく,目的そのものの改訂が必要になることがある。したがって,通常は,見通しのきく程度の期間を設定し,計画管理をしながら運用される。計画期間が完了したら,計画は評価され,見直しがなされて,改訂される。この繰り返しをへて,計画の目的は実現されていく。

では,茨城県の原発避難計画はどうか。計画は,いつできるまったくかわからない。計画策定期日がないという計画である。これは何が問題か。

通常,計画の策定にあたっては,基礎資料を収集,分析する。データがなければ独自調査をしてデータを収集,分析する。これらをもとに方策の基本フレームを作成する。避難計画も,ここまでは同じだが,避難計画作成の自治体は,市町村境,県境を超えて避難所と駐車場確保などが求められる。そこで,避難先自治体への協力依頼と調査依頼をしなければならない。94万人の避難先だから,依頼先自治体もまた膨大な数(茨城県内30市町村,県外101市町村,第二避難先として6県161市町村)になる。

原発避難計画がいつできるか確定できない理由はいろいろがるが,とりあえずは次の3点にまとめられよう。一つに避難者数が巨大であること,ふたつ目に解決しなければならない課題もまた膨大であること,そして,三つ目に,避難所を依頼する避難先自治体がまた膨大だということにある。計画対象,解決すべき課題,交渉相手のいずれをとっても,適正規模を遥かに超えている。

いつまでたっても計画ができないということから生じる問題は,人口動向,インフラ,制度,住民意識など様々な要素がどんどん変化して,計画作成のベースとなる各種の情報・データが確定できない,そのうちにデータそのものが古くなってしまい使えなくなる。

計画が策定の期日を定めて策定し,運用に移行するのは,計画の実効性を確保するうえで必要なことなのである。いつできるかわからない原発避難計画は,絶えず新たなデータ・情報にアップデートさせなければならない,計画が策定された後も,運用されるのはいつかわからないその時まで,計画の管理と改訂をつづけなければならない。

くわえて,原発避難計画はその実効性を検証するシステムがない。計画は,先に書いたように,策定,運用,評価,改訂の繰り返しをへて,その目標に近づこうとする。だが,避難計画はそれがない。現実の原発重大・過酷事故で初めて運用され,一発勝負で実効性の有無,その程度が初めて確認される計画なのである。94万人の避難が,実効性検証の材料にされる,そのような計画なのである。


最後に,避難計画の特質から導き出される問題について,続きを書いておきたい。先に,避難所関連の調査とその結果は,避難先自治体に依存することを指摘した。地元自治体は,計画における精査を十分にできないのである。ここに,地元自治体は計画主体だが,主体的に調査と精査ができないという決定的に深刻な問題がある。

毎日新聞が,2021年に入って発表している,茨城県の避難計画策定に関する一連の記事は,深刻な問題が発生していることを指摘している *。記事は,市町村境,県境を超えた避難所依頼先自治体がおこなった収容人数算定があまりに杜撰で,トイレや玄関なども「居住スペース」として算定されているという報告で,読者と住民に衝撃を与えている。この問題については,筆者もさらに検討を加えたいと考えている。


東海第二原発避難計画関連,東海第2原発差止訴訟団HP

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