2021年茨城県東海村長選を闘って
東海村長選の結果
2021年の東海村長選は,2013年の選挙から8年ぶりで2候補の対決戦となった。水戸市民,都市計画の研究者,女性,無所属の私が,東海第二原発の再稼働問題を全面に押し出し,再稼働反対を表明して出馬,この問題を明確に語らない現職山田氏に対決を挑んだ。
選挙結果は以下に示すとおりで,残念ながら負けた。
いぬいやすよ 3,907票 25.26%
やまだ 修 11,562票 74.74%
(有権者数:31,291,有効投票数:15,469,投票率:49.96%)
8年前の選挙に比べて,いぬいは669票上乗せし,山田氏は196票失った(2017年選挙は無投票で山田氏当選)。
東海第二原発の再稼働が来年秋にも迫っている。この原発は,運転から40年以上たつ老朽原発で,3.11で多くの設備が故障した被災原発である。この原発の再稼働は,重大事故を起こすリスクを孕んでいる。再稼働問題は,村民のいのちと暮らしを脅かす重大問題なのである。
ところが,現職の山田氏はこの問題を問題にせず,「私を信じてほしい」と言うばかりである。選挙が終わったら,「再稼働について,私は最初から『中立』と言っている。村上氏のように反対ありきというのにはくみしない」と,村上氏が,原発再稼働反対の私の応援に回ったことへの意趣返しか,突然「中立」を言い出した(東京新聞,2021年9月7日)。
しかし,後で述べるが,山田氏は,原発推進派の国民民主,自民党の議員の応援を受け,原子力ムラに守られながら選挙をしていたから,彼の意思がどこにあるかは判然としている。
私は,重大事故の発生を心配しながら暮らさなければならない,再稼働しないでほしいと願う村民が投票できる受け皿になる必要があると考え,出馬要請を受けて立候補を決意した。その選挙の結果が上記の通りである。
なぜ村長選に挑んだか
私が出馬を決意したのは上に書いたような事情だが,都市計画の研究者として再稼働は認められないという強い信念があった。
私は,茨城県水戸市に住む住環境計画と都市計画の研究者である。2004年ごろ,初めて東海村を訪れた時,村の都市開発のあり方がおかしいことに気づいた。
東海村には,東海第二原発,東海原発(廃炉中),東海再処理施設(廃止決定)などが臨海部に並ぶほか,核燃料加工工場など核施設が内陸側に立地している。村の住宅地は,これら核施設にサンドイッチ状態になって囲まれている。そればかりでなく,住宅地は,臨海部の原発や再処理施設へギリギリまで近づいている。この状態を見たとき,私は,この開発のあり方は原子力の国策とつながっていることを直感した *。
山田村長は選挙中,「東海村の魅力は『程よい田舎と程よい都会』。JR東海駅周辺の整然とした街並みと,郊外の田園地帯が併存する」と新聞の取材に答えた(東京新聞,2021年9月2日)。
村長とは思えぬ素人の見方である。
彼の発言「程よい田舎と程よい都会」には,この村でどんな無秩序な開発がされているかという視点(平面的視点)も,農村がこの60年間,どのように開発されてきたかという視点(時間軸の視点)もない。村の開発にはもちろん,都市計画規制がかけられてきたが,実はそれがまともに働いてこなかった。現在もなお,東海第二原発のすぐ近くで,新築住宅がつぎつぎ出現している。こんなことは絶対あってはいけないことだが,疑問を抱かれることなく開発される。東海村にはこんな異常な状況がある。
第二に,山田氏のこの見方は,都合よすぎる見方である。「整然とした街並みと,郊外の田園地帯が併存する」とあれば,美しくととのった市街地の外に田園が広がっているというイメージを抱く。イタリアやドイツの農村のような。しかし,これは,厳しい開発規制によって秩序をつくる努力をしてこそできる空間なのである。
東海村は,上に述べたように,厳しく開発規制をした試しがない。だから,田園地域の市街化が凄まじい。都市と田園の境目がなく,だらだらと市街地が広がっている。そして,村民はどこにいても核施設と隣り合わせでなのある。山田氏の見方は,現実を理解しない見方であり,読む者にまちがったイメージを植え付ける,実に都合のよい見方なのである。
要するに,東海村の開発はこれまで,住民の安全確保が徹底無視して行われてきたのであり,現在もなお無視されている。これが,東海村の危険な住環境の実相である。
この危険な開発の背景には,核施設は安全である,という,原子力ムラの根拠なき安全神話がある。茨城県,そして東海村は,原子力ムラの安全神話にしたがって,住民の安全確保を無視して開発許可をしてきた。東海村は,JCO臨界事故,福島第一原発事故を経験してもなお,安全神話を信奉しつづけている。
原子力ムラの安全神話が生きつづける限り,村民の暮らしに本質的な安全が訪れることはない。再稼働が近いとなれば,村民の暮らしの安全はさらに遠のく。
私は自分の研究に信念がある。出馬を要請されて,これを断る理由が見つからなかった。政治とはまったく無縁の一研究者にすぎないけれども,清水の舞台から飛び降りた。
東海村長選の経緯
村長選は,31日告示,9月5日投票。告示まで1ヶ月を切った8月6日,茨城県庁で,住民団体「いのち輝く東海村の会」からの出馬表明の記者会見をした。
8日,村内の住民の集まりに参加して村長選候補として初めての挨拶をした。つづいて,水戸市へ戻り,同日投票の田中しげひろ茨城県知事選候補の事務所開きに参加し挨拶した。9日,街頭宣伝を開始,11日,東海村で事務所開きをした。
19日,茨城県知事選が告示,この日から街頭での政策訴えができなくなり,支援者などのお宅を訪問して支持をお願いする活動に切り替えた。この間,実に多くの方にお会いした。
21日,「励ますつどい」(決起集会)をオンラインで実施した。阿部功志村議,大名美恵子村議,川野弘子氏(脱原発とうかい塾),岩井孝氏(原研労働組合元執行委員長)から激励挨拶をいただいた。村上達也元村長からも飛び入りで激励をいただいた。
31日,村長選告示,JR東海駅近くのイオン前で第一声を発した。田中しげひろ県知事候補,二見伸明氏(公明党元副委員長),岩井孝氏,村上達也氏の挨拶,支援をいただいた。
選挙戦は31日から9月4日までのわずか5日間だったが,村を巡り,1日で10回以上20回近い政策の訴えをした。
この間,中島明子氏(和洋女子大学名誉教授,新建築家技術者集団代表幹事),鈴木浩氏(福島大学名誉教授,福島県復興ビジョン検討委員会座長),岩崎駿介氏(建築家,茨城県在住),田村智子参議院議員(日本共産党副委員長),上原公子氏(元国立市長),山本太郎氏(れいわ新選組代表・前参議院議員)をはじめ(メッセージをいただいた順),全国から数えきれないほどの激励メッセージをいただいた。
団体では,新建築家技術者集団代表幹事,新建築家技術者集団東京支部ジェンダーチーム,九州玄海訴訟原告団,老朽原発をうごかすな!実行委員会など,多数の応援メッセージをいただいた。
心より感謝いたします。
私が訴えた政策
大きくは6つある。
①日本原電の東海第二原発再稼働を認めない。
私は,これを村長選の最大争点と位置づけた。この政策については上に述べた通りである。山田候補の政策にはこれについてどう考えるかという政策がまったくない。
②新型コロナ感染対策の抜本的強化。
コロナ危機という大災害に対し,村民のいのちと暮らしを守るための抜本的強化策を提示した。希望する村民に無料のPCR検査の実施,医療従事者,介護・福祉施設,教育・保育施設で働くすべての従業員への無料,定期・頻回のPCR検査実施。自粛を要請された飲食店,コロナで減収になった事業者,村民への村独自の補償を公約にした。
③ジェンダー平等,女性の視点を村政に生かす。
山田候補の政策との対比で押し出した政策である。山田候補の政策にはジェンダーの視点がまったくない。その典型が,村立幼稚園の「再編計画」である。4つの村立幼稚園を村松幼稚園1つに統廃合するという計画だが,村民,母親の声を一切聞かずに一方的に決めたもので,しかも統合する村松幼稚園はよりによって東海第二原発にもっとも近い幼稚園である。村には計画の見直しを求める2つの請願が出された。私は,この再編計画を見直すことを公約にした。
その原子力防災は村の最重要課題の一つだが,これにかかわる政策検討機関に地方防災会議と原子力安全対策懇談会があるが,山田村長は,ここでも女性の声を聞く姿勢がない。
地方防災会議は,国が2020年の女性委員の割合を30%にするよう求めているが,村では女性委員はいまだ一人もいない。
原子力安全対策懇談会は,村上達也元村長が,JCO臨界事故の後,原子力行政における問題点の指摘や事業所チェックをする村民中心の組織として設置した。地域ごとの代表や家庭の主婦が委員となった **。
ところが現在,この懇談会でも地元女性委員はおらず,すべて男性である。地域ごとの代表もいなくなった。山田村長は当初の会設置の目的を大きく変質させてしまったのである。私は,政策づくりへの女性参加を積極的にすすめることを訴えた。
④村上元村長がすすめた「福祉日本一の村」を再び目指す。
村上元村長(1997〜2013年)は,全国に誇れる福祉施策をつくり,東海村での子育てに人気があった。ところが,山田村長は,福祉施策を次々と廃止し,民間活用の名のもとで民営化・民間委託をすすめてきた。福祉の増進こそ地方自治の本旨である。東海村の豊かな財政力を生かして福祉施策を再び拡充することを公約にした。
⑤家族農業を育成し,自然環境を守る。
原子力開発の進展とともに,急速な宅地開発と緑地の減少,原子力兼業農家の急増がすすんだ。農家の後継者も急減している。東海村の農業は本当に崖っぷちに立っている。私は,農家の育成を強め,食材の安定供給,農地を守り整備しつつ,自然環境を保全することを訴えた。
⑥未来を担う子どもの育ちと教育の環境を整備する。
少人数学級制度の拡充,視力低下等を防ぐ教育環境を整備する。人権教育に力を入れた,いじめ対策をすすめることを訴えた。
村長選を見てきて
選挙中,山田氏陣営関係者は「大差で勝つために投票率を上げたいが,コロナ禍でどこまで選挙ムードが高まるか読めない」と語った(東京新聞,2021年9月3日)。大差勝利は当然のことと見做されていたのである。何をもとにそんな自信をもっていたのだろうか。
東海村では国民民主党の勢力が強い。村内の戸建て団地に入ると,国民民主党のポスターを何枚も見かける。茨城の国民民主党は,原発メーカーの日立製作所グループを後ろ盾にしており,その労働組合出身のいわば組織内議員が原発推進の中心部隊である。日立関係労組でも,票のとりまとめに取り組まれただろう。
もう一つ,集票に大きく貢献していると見られるのが旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団,現・日本原子力研究開発機構)である。この組織は,組織ぐるみで職員と取引先業者の票の取りまとめをし,取引業者には仕事がほしければ言うことを聞けと圧力をかけて,違法な集票をしてきたことが明らかになっている組織である ***。
話は少しずれるが,選挙中,私はこんな経験をした。山田候補が,いぬいやすよ選挙事務所の斜め前で選挙演説を始めたので,遠巻きに聞きに行ったら,下路県会議員(自民党)が私を見つけて,「候補だろ,あっちへ行け」と大声をはり上げながら,手振りで追い払おうとした。その様子を見た背の高い巨体の男が,私に近づいてきて,無表情のまま三角に尖らせた目で私をにらんだ後,後ろに回って私の言動を監視する態勢に入った。
巨体の男は,原子力ムラで雇われている人間なのだろう。私は,山田候補は原子力ムラに守られて選挙していることを知った。陣営には原発推進派の国民民主と自民の議員らがくわわり,原子力ムラで守り固められている。陣営は,原子力ムラ内で集められる票で固い勝利を確信していたと思われる。
このほか,農村社会特有の票のとりまとめというのがある。農村集落では常会単位で慣習的に,票のとりまとめがされている。常会長が,集落の利益になる候補を見定めて,住民に「候補者○○でいこう」と指示をするのである。私は,ある集落に行ったとき,常会長が寄合で住民に「山田でいく」と指示したという話を聞いた。
常会での票のとりまとめに,原子力ムラなどから何らかの働きかけがあるのかないのか,それはわからない。もし常会長が自主的に決めるとすれば,農村では新人候補は不利だろう。私は,ましてや村民ではない。無名,研究者,女性ということで,さらに不利だっただろう。山田陣営は,農村の票も硬いと見ていたかもしれない。
東海村の未来を考える
村上元村長は,福祉,教育,農業に力を入れた。当時の村の役人が証言したように,村には若い子育て世代を惹きつける魅力があった。それは,統計でもはっきりしていて,30歳代の人口比が全国平均や水戸市と比べても明らかに多かった ****。
ところが,40歳代以上の人口比は急激に減っていき,50歳前後は全国平均に比べて明らかに少ない。この年代は持ち家取得を目指す年代だが,この年代が少ないということは,東海村から出ていき,村外で持ち家を取得している。つまり,東海村は定住の地とはみなされていないということなのである。
現在も状況は改善していない。山田村長は,若い世代の定住を公約した。定住策には,地域雇用,住宅政策,子育て支援策などが中心検討課題になるだろうが,将来的にわたって村の安定的な発展要素をどこに見出すか,その検討こそが重要な鍵になるだろう。定住の地を選ぶのは,雇用,住宅,子育てだけではないからである。
これまで村は原子力開発が中心だった。原子力の発展は,農業を著しく後退させ,農地,緑地を大きく後退させてきた。住民の安全確保を徹底して無視しつづけてきた。
そしていま,その村の中心産業・原子力は斜陽化している。また,原発の負の遺産(廃炉,廃棄物問題)が今後,重要課題になるが,山田氏はこの議論を避けている。しかし,これを避けて,住民が定住できる村を展望することはとてもできない。山田村長には,原発のしまい方を見据えた地域の安全と発展をきちんと提示してほしい。
* 乾 康代「原子力開発黎明期の原子力政策と都市計画 ー東海村における原子力センターの建設家庭分析ー」,日本建築学会計画系論文集 第789号,2021年11月
** 村上達也・神保哲生『東海村・村長の「脱原発」論』,pp.94-95,集英社新書,2013
***「 動燃『組織ぐるみ選挙』示す? 極秘「西村ファイル」,週刊朝日,2013年3月21日
「『仕事ほしければ言うこと聞け』動燃から協力要請か」,週刊朝日,2013年3月22日
**** 東海村という居住地 定住の村になるために何が必要か,須和間の夕日,2021年1月4日
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