東海第二原発の再稼働が絶対に許されない理由

東海第二原発の再稼働は,どんなことがあっても許されない。その理由は単純,明快である。この原発の周辺には住宅地が隣接しており,3.8万人もの村民が住んでいるからである(写真)。さらに30km圏内には94万人が住んでおり,その先には3,000万人が住む首都圏があるからである。

東海第二原発(左)と廃炉中の東海原発(右)


この原発が再稼動すれば重大事故を起こす危険性は高く,もし重大事故を起こしたら,数千万人の人々の生命,生活,環境を破壊してしまうからである。実効性ある避難計画など到底つくれないし,たとえ避難できたとしても,生活も環境も全てを元に戻すことは決してできず,避難先から戻ることもできないからである。

福島第一原発事故がもたらしたものを見ればわかることである。10数万人の県民と周辺都県民の無数の人々の避難を余儀なくさせ,事故から8年以上たった現在でも,福島県民だけでも4万人以上の人々が避難生活を余儀なくされている。言葉にはしたくないが,「東海第二原発事故」は,どんな想像をしてみても想像をはるかに超えるものになるだろう。再稼働を許してはならない理由はこれだけで十分である。

FoE Japan(Friends of the Earth International Japan)は,再稼働反対の理由を7つあげている *。しかし,これら7項目には,もっとも重要な理由がない。東海第二原発を近くにして住んでいる私たち地元住民の悲痛な訴えを加えたい。

まずは, FoEがあげている7つの理由を要約しておこう。

1. 老朽原発である: 東海第二原発は運転開始から40年を迎える老朽原発で,老朽化に伴い危険は増大する。3.11後,原発を動かさずとも電力供給が安定していることを考えても,危険な老朽,被災原発を動かす理由がない。

2. 原電は経理的基礎がない: 2012年以降,原電は発電しないまま東京電力ほか4電力から電気料金収入を受けている。規制委員会の審査項目である経理的基礎がない。東電は,公的資金を受け賠償や廃炉に全力を注がなければならないにもかかわらない立場にある,原電に電気料金を支払い続け,さらに財政的支援をするなど論外である。

3. 安全対策工事費も東電などから支援を受けなければならない: 原電は,安全対策工事費1,700億円の支援を東電と東北電に要請し,電気料金の前払いも求めた。しかし,原電が震災前の経営状況に回復し,利益を全て返済に充てたとしても100年以上かかる。

4. 損害賠償能力がない: 福島第一原発事故の損害賠償金は政府試算で少なくとも21.5兆円とされている。経理的基礎がない原電は原発事故を引き起こしても賠償の蓄えはなく,「最後は国が補償する」と発言,事業者としての責任を放棄している。

5. 許認可期限に合わせた大量の拙速な修正: 原電の設置変更許可申請は何度も修正が出され,公開の場での議論もされていない。工事計画認可および運転延長許可の期限に合わせた拙速な許認可であり,審査とパブコメをやり直すべきである。

6. 安全対策は懸念だらけ: 難燃ケーブル対応,炉心落下時の水蒸気爆発の危険性,赤城山噴火時の火山灰堆積への対応,東海再処理施設との複合災害発生の考慮など,多くの安全対策への懸念がある。

7. 避難計画の実効性が審査されない: 原発30km圏内94万人の避難計画は自治体任せになっている。避難道路の破損,水没,積雪などによる通行不能事態への対応,要支援者の避難,地震・津波などとの複合災害への対応など,避難計画の実効性は誰も審査しないまま再稼働を容認するのは無責任である。


筆者は,初めて東海村を訪れた時,東海村の住宅地のあり方はとてもおかしいと思った。3.11で原発事故がもたらした被害の大きさを目の当たりにして,何も問題がないかのように,原発に住宅地が隣接しているという異常な状況がなぜ生まれたのか,という素朴な疑問への答えを出す研究を始めた。それらは論文にして発表してきたが,2019年5月からは,この「須和間の夕日」と水戸での「星空講義」で逐次発表してきた。これらの蓄積から,上記のような東海村の異常なあり様は,「原子力センター」と「東海モデル」の2つの概念によってよく説明できると思うようになった。

実は,自分で名づけた「東海モデル」だが,私自身その重要性をよく理解していなかった。しかし,中島明子先生が『原発都市』の書評で,女川原発を見たときの印象から東海モデルに触れていただき**,聖教新聞(2018年12月13日),しんぶん赤旗(2019年6月6日)も東海モデルについて言及してもらった。

いろいろなところで言及してもらい,筆者は,改めてこの概念の重要性を認識しはじめ,その実態について調べていく必要性を感じた。その最初の論考が,「東海モデルと玄海原発」(7月19日)である。実のところ,もっとセンスのよい言葉をつくればよかったと後悔しているが,もう手遅れかもしれない。

話を元に戻すが,原子力センターとは,東海村で1950年代後半,原子力施設を集めてつくる都市のことで,原発と再処理施設のほか,原子力研究施設,核燃料加工施設,再処理施設などが集積した。北に隣接する日立市には原発メーカー・日立製作所があり,日立市と東海村および周辺一帯は,産官学複合の原子力地帯となった。

原子力センターをつくるためには,余計な開発規制は避けたい。原子力センターを中心にして大きな工業都市をつくりたい。茨城県にはこのような思いがあったから,原子力委員会が提案したグリーンベルト構想を骨抜きにしてしまった。こうしてできたのが,東海モデル=周辺開発規制なしの原発立地である。

原子力センターと東海モデルはセットである。原子力センターを建設するために東海モデルができた。

再度,東海村の開発史を振り返ってみたい。東海第二原発に先立つ東海原発は,原子炉立地審査指針がまだなく,米軍水戸射爆場の近接地という立地上の大問題が指摘されていたにもかかわらず強引に設置が許可された。茨城県はグリーンベルト構想を骨抜きにし,村は,周辺開発規制なしの東海モデル原則にしたがって公園,緑地もつぶして稀に見る密な市街地をつくってきた。

要するに,この村では,そもそもの立地許可審査においても,設置後の周辺開発でも,住民の安全軽視は貫かれてきた。半世紀をへて,東海第二原発の周辺は数万人,数十万人が住む住宅市街地となり,原発自体も40年を越す老朽原発となった今,その数万,数十万,さらにその先の数千万人の住民と市民を犠牲にするかもしれない再稼動などもはやありえない選択だ。東海第二原発の再稼働を許してはならない理由は,この理由をおいてどんな重要な理由もない。


* FoE Japan「東海第二原発の再稼働に反対するこれだけの理由」,2018年9月http://www.foejapan.org/energy/stop_restart/180926.html
* 中島明子「書棚から」『建築とまちづくり』 No.479, 新建築家技術者集団,2018 November


(原電茨城事務所前抗議行動「星空講義」11, 2019年7月26日)

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