市民の原発再稼働の是非表明をどこでするか

茨城県は,①安全性の検証,②実効性ある避難計画の策定,③県民への情報提供が完了したら,県民の意見を聞き,その上で知事が最終判断するとしている。筆者はこれを3段取り論と名づけている。これまでのところ,①と②に進捗はなく,③は未着手である。その③について県は,今年から広報誌を出すことを明らかにした。

この3段取り論でいくと,県民が再稼働の是非を表明する時期は,大井川知事も吐露するように,いつかわからないはるか先になる。しかし,県民がいつかわからない先まで待たねばならない理由はどこにあるのか。その間にも,東海第二原発の再稼働対策工事は着々と進み,そのうちに工事は完了してしまうだろう。


3段取り論は正しいのか

そもそも①と②は,再稼働の条件である。③は,①と②の報告という位置づけにあるから当然,再稼働に沿った内容になる。要するに,3段取り論は,再稼働のための段取りなのである。もし①,②,③がそろった時,県民は,自分の信念にしたがって最善の判断をできるだろうか。

以上は,県民の原発再稼働の是非表明がいつかわからない先に引き伸ばされるおかしさの指摘である。3段階論の①,②そのものにも重大な問題がある。以下に3点指摘したい。

①の安全性検証は,地震,放射線障害,原子炉などの専門家集団「東海第二発電所安全性検討ワーキングチーム(検討WT)」が担当しているが,検証課題が原発の工学的安全性に限定されていることである。

新潟県の検証委員会を見てみよう(図)。事故原因,健康と生活への影響,安全な避難方法の3分野の検証委員会があり,この3つの検証委員会の検証をさらに総括する「新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会」がある。


図 新潟県の原発事故における3つの検証委員会の体制 (新潟県HPより引用)


安全管理に関する技術委員会では,福島第一原発事故原因,東京電力のメルトダウン公表問題が検証される。健康と生活への影響に関する検証委員会では,福島第一原発事故による健康への影響,避難者数の推移,避難生活に関する調査が実施される。災害時の避難方法に関する検証委員会では避難計画の実効性の徹底検証,防災訓練が検証される。

新潟県では,自然科学だけでなく社会科学の課題も検証される。また,避難生活にかかわる調査も実施される。

一方の茨城県は,自然科学分野のみの検証体制である。県は,この体制で客観的科学的な検証の成果を引き出すと考えているようだが,原発のような論争のある政策課題について,自然科学の専門家集団による結論を県民の判断の基礎におく方法論は,民主主義とは相容れない。

科学哲学者ジェローム・ラベッツは,論争のある政策議論の場では,「人々,判断,価値の不在を前提にした『客観性』は理念としてはもはや不適切である」と言う *。茨城県の安全性の検証は,市民との対話を欠いた幻想の安全性でしかない。

第二に,茨城県では,②で策定される避難計画の実効性そのものを検証する機関がない。自治体が実効性ある計画を策定したと言えば,それで②は完了してしまうのである。これは大問題である。

そして,そもそもなのだが,原発を再稼働することの倫理的問題は検証されないという根本問題がある。現世代がつくる放射性廃棄物の未解決問題が,将来の世代に残されるという世代間倫理の問題がある。エネルギーを大量消費する都市と原発が押し付けられる農漁村の住民の命の価値格差の問題もある。気候変動抑制のためのエネルギー転換の議論もされない。

日本の原発事故を教訓に2022年までに脱原発するドイツでは,「ドイツ脱原発倫理委員会」がメルケル首相の脱原発最終決断の基礎となった。この倫理委員会では,ドイツのエネルギーの未来をめぐって,原発の倫理的問題,エネルギー転換への提言,放射性廃棄物の最終処分問題などが議論された **。

原発を維持,選択することが,立地地域の未来・地球環境の未来・エネルギーの未来にとって倫理的に正しいことなのかどうかを検証しないまま,再稼働を判断することは正しいのか。


県民が再稼働の是非表明をするとき

3段取論では,県が①に取り組み,市町村が②に取り組む。ならば,③は主権者の県民が自らの意見を表明する場であるべきだ。

県民が再稼働の是非を表明する機会はどこにあるだろうか。筆者は,再稼働の事前承諾権をもつ6市村や避難計画をつくる14市町村で,その機会を検討してほしいと考えている。

とくに避難計画の策定義務のある14市町村では,避難に関する住民の意向を調査をしないと計画はつくれない。住民への調査が必要になる。実際に,日立市,ひたちなか市,常陸太田市が住民アンケート調査を実施している。水戸市では今後,避難計画策定のためのアンケート調査を実施するという。その他の自治体でも実施するだろう。この機を捉えたい。

すでに実施した常陸太田市の「原子力災害時の避難等に関するアンケート」では,どんなことを質問し,どんな結果を得たか見てみよう ***。

45%が市の避難計画を知らないこと,30%が指定避難所で避難しないこと,43%が市の避難指示前に避難すること(自主避難する),2,000人超が指定避難所への移動にバスを利用するすると推計されるという結果である。

低い計画の認知度をどう高めるか,4割にも達する自主避難者にどう対応するか(支援対象から除外するか),指定避難所へ行かない住民をどう把握し支援するか,2,000人以上がバスを利用することがわかったがバスをどう確保するか,などの課題が見えてくる。

しかし,このアンケート調査には,欠けている重大な質問がある。

避難計画策定の前提には原発の再稼働がある。再稼働しない場合は常陸太田市では計画をつくる必要はない。この前提を抜きにして,アンケート調査は市民に避難について質問をしているのである。質問は論理的に構成するべきである。

すなわち,調査は最初に,再稼働の是非について聞かなければならない。再稼働に反対する市民には,質問はこれでおしまいとなる。賛成の市民はさらに進んで,避難について質問に答えてもらう。これが通常のアンケート調査の論理的構成である。もし再稼働反対が多数を占めれば,避難計画作成の前提は存在しない。市は,事前承認権を行使して,原電に再稼働を承認しないと言えばいい。

常陸太田市が公表している調査結果は今のところ,「速報」なので,詳細がわからないが,そのほかいくつか気付いた問題を指摘しておく。

一つは,この調査を世帯主に回答させていることである。これはデータの取り方として適切だろうか。データの取り方がずさんだと,実際の避難で大きな破綻が起きるだろう。

もう一つに,避難生活や,避難所に行かない人への対応に関する質問がどうもないようである。調査は避難計画作成を目的としているから,避難所までの避難過程に質問が絞られているようだが,避難から再び自宅へ戻って来るまでのすべての過程を避難と見て,そのあり方をどうするかを検討課題としなければならない。

避難所の問題はとりわけ重要である。日本の避難所の環境レベルは劣悪であることが指摘されている。とくに高齢者,乳幼児,女性が安全,健康にすごせるために,どんな環境と体制を整備するかは重要である。

また,避難所に行かない30%の市民は今後,どこでどう避難生活をすると考えているかについても追究すべき課題である。コロナ感染発生前の調査とは言え,コロナ対策についての知見も集めなければならない。

常陸太田市の住民避難アンケート調査結果を見て,避難調査に,市民の再稼働是非の質問を盛り込む必要性を論じた。避難計画をつくってる14市町村は,住民調査で住民に是非,原発再稼働の根本問題を問おてほしい。


* ジェローム・ラベッツ著,御代川貴久夫訳『ラベッツ博士の科学論 科学神話の終焉とポスト・ノーマル・サイエンス』,こぶし書房,2010年
** 安全なエネルギー供給に関する倫理委員会著 ,吉田文和,ミランダ・シェラーズ編訳, 『 ドイツ脱原発倫理委員会報告 社会共同によるエネルギーシフトの道すじ』 ,大月書店,2013年
*** 常陸太田市
「『原子力災害時の避難等に関するアンケート』集計結果(速報)」,2020年3月


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