ニーメラーの言葉に寄せて考える東海村の「自分ごと化会議」
マルティン・ニーメラー(ドイツ・ルター派教会牧師)の言葉。
ナチスが最初に共産主義者を攻撃したとき,私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったからである。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき,私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき,私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。
そして,彼らが私を攻撃したとき,私のために声をあげる者は,誰一人残っていなかった。
ニーメラーの言葉は,私たちに,権力者が社会の組織,各層の市民を弾圧する狡猾さを教え,市民の無関心の過ちとその危険性を指摘している。そして,私たちに,社会で起こっている問題にきちんと向き合って理解し,社会の歪みを正す声を上げ行動を起こすことを促している。
12月,東海村で「自分ごと化会議」が開始される。その背景には,二つの事情がある。一つは,東海第二原発の再稼働対策工事の完成予定期日が2年後に迫っているという事情がある。山田村長は,再稼働に対する事前同意権を行使するにあたって,村民の意向を把握するとしている。しかし,どうやって村民の意向を把握するか,その方法がまだ決まっていない。
もう一つは,東海村は,JCO臨界事故を経験した村だし,老朽の東海第二原発が再稼働に向けてサイト内で大規模工事をしていることを知らない村民はいないはずだが,この原発の再稼働問題に無関心な村民は少なくないという事情がある。そこで,村民に原発再稼働問題の関心を引き出し議論してもらいたい。
こうした事情を背景に,村は,12月,自分ごと化会議を開催する。今年9月,村は,そのプレイベントとして講演会を実施した 。講演会と自分ごと化会議開催について,次のように位置づけている *。
村では,日本原子力発電株式会社東海第二発電所問題に関し,「住民の意向把握」を課題の一つとしており,原発を「誰かが考える問題」ではなく,「自分の問題」として,多くの人が関心を高めていくための調査・研究の一環として,令和2年9月19日(土曜日)に標記講演会を開催しました。
村では,東海第二発電所問題に関する課題の一つである「住民の意向把握」に向けた取り組みとして,「自分ごと化会議in松江」実行委員会の構成団体の一人であった,政策シンクタンク「一般社団法人構想日本」とともに,“自分ごと化会議”の開催に向けた準備を進めているところであり,...
講演会と自分ごと化会議は「調査研究の一環」であると書いている。これらはとても調査手法には見えないのだが,どういうことなのだろう。講演会は,松江で原発再稼働問題をテーマに自分ごと化会議をコーディネートした,政策シンクタンク構想日本の伊藤 伸氏が司会進行しており **,広報の記述は同氏も確認しているはずだ。デタラメではないだろう。
講演会に引き続き,自分ごと化会議も構想日本がコーディネートする。「調査研究の一環」というから,ひょっとして,村は,自分ごと化会議も含む,住民意向の把握法調査研究のパックとして構想日本に委託しているのではないだろうか。
構想日本は,これまで積み重ねてきた自分ごと化会議の豊富な実績をもっている。これをベースに,村での自分ごと化会議とその周辺調査を実施して,村に住民意向の把握法を提案しようとしているのかもしれない。もしそうなら一体,どんな調査研究をするのだろうか(知りたい)。
実は,山田村長は,6月県議会で,東海第二原発再稼働の是非を問う県民条例案の採決に先立って,参考人として招致されたが,条例案に関する意見表明を避けた。もし県民投票が実施されれば,村独自の「調査研究」などすることなく,住民意見の把握ができたはずだが。
村長が,県民投票の賛否を表明しなかったのは,県民投票の実施に否定的だったからだろう。県民投票が実施されれば,県民と村民の意向は再稼働反対,で決着がついてしまう可能性が高い。このような形で結果が出ることを回避したい。そこで,「調査研究」という手法をつかって村議会多数派の意向も反映したような結論を引き出したいということだったのではないだろうか。
東京新聞は,村長から,「参加者が,平等に安心して意見を言い合える場があるのは今までにないこと。原子力という話づらかったテーマで,やる価値はある」と言う回答を引き出したが,会議と村民意向の把握法との関係については聞かなかったようだ ***。一方で,村長は,議会では,会議は「住民の意向把握を構成する一つの材料」と答弁して再稼働推進派議員を喜ばせた。だが,会議の成果はおそらく報告書か,そのようなものだ。これを意向把握の根拠とすることはできない。
結局は,自分ごと化会議をやっても,村長の再稼働判断の根拠はつくれない。村による住民意向の把握の難しさをバックアップして,構想日本が,なんらか一連の調査研究をするというなら,その調査研究の計画をぜひ公表してもらいたい。私は,その結果を期待して待ちたいと思う。
一方で,自分ごと化会議に参加する村民にはまたとない意見表明,意見交換の機会である。会議を傍聴する人には村民の多様な意見が聞ける貴重な機会である。どちらも奇譚なく,会議で,あるいはSNSなどを通じて意見を表明し,議論をしてもらいたいと思う。
原発の再稼働問題の本質は,いま,ここ,自分というところにはない。未来の問題,環境の問題,倫理の問題である。どんなことがあってもこの3つの問題に対して悔いのない結論を導き出さなければならない。ニーメラーの言葉を噛みしめたい。
* 講演会「“原発問題”を自分のこととして考えるとは?」を開催しました,東海村,2020年11月5日(2020年12月10日閲覧)
** 乾 康代 「自分ごと化会議 in 松江」の成果,須和間の夕日,2020年9月22日
*** 原発つかむ民意(下)/ 村長の狙い / 行政主導に警戒感も,東京新聞,2020年12月10日
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