原子炉立地審査指針と住環境 その2


安全な住環境に必要な原子炉立地審査指針

 東海村は,面積約38㎢,南北約8km,東西約8kmの円形に近い区域に,原発と再処理施設をはじめ13の原子力関係施設が立地している。3.8万人の村民が,これら施設に東と西からサンドイッチ状態に囲まれた住環境のなかで生活している。しかも,住宅地は,東海第二原発や東海再処理施設などの核施設と距離を取ることなく,施設の敷地(サイト)境界のすぐ外側から広がっている。東海村はこの点で,きわめて特異な原発立地地域といえる。

住宅地がこのように原発に近い例は,海外でもカナダ・オンタリオ湖湖畔に立地するピカリング原発や,韓国の古里原発などにも見られる。それでも,東海村の特異性は薄れることはない。なぜなら,住宅地が接しているのは原発だけでなく,再処理施設,核燃料加工工場など13施設もある。しかも,サンドイッチ状態でこれらに囲まれている。このような例は他に見つけることができない。東海村のこの事態について見方を換えれば,村内で安全な住宅地はどこにもないし,今後も開発して安全なところはどこにもないのである。

東海村のこの特異性がどのようにして出来上がったのかは,歴史,法制度の両側面から見ていく必要がある。ここでは,まずは,制度の側面,なかでも,原子炉の立地審査に用いられる指針を取り上げて検討したい。

指針は,1964年,原子力委員会によって制定された。原子炉を設置しようとする者は,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(1957年。以下,原子炉等規制法)のもとで,許可申請をし,原子力委員会で安全審査がなされる。その審査に用いられる指針である。指針は,原子炉の立地と安全性において妥当であるかどうか判断する指針として用いられる。

 指針は,アメリカの立地指針(1962年)を手本にしてほぼそのまま取り入れられた。まずは,アメリカの立地基準の内容を見ておこう。

基準は,原子炉周辺を,事故後2時間の滞留の間に全身に25レム以上,あるいは甲状腺に300レム以上の照射を受ける可能性のある場所は住民がいてはならない「排除地域」,その外側に,無限の時間ずっと居つづけるとして,上述線量を受ける可能性のある場所は「低人口地帯」を設定し,さらに低人口地帯の境界までの距離の1.3倍以内に人口密集地があってはならないとしている。この立地基準の意味は明瞭で,事故の時に逃げるのが間に合わない地域が「排除地域」,2時間以内の退避を可能とする地域が「低人口地帯」とされている。「排除地域」とは原発の敷地に該当するとされる。

 次に,日本の指針を見ていく。指針は陸上に定置する原子炉(熱出力1万kW以上)を対象とし,原則的立地条件,基本的目標,立地審査の指針の3部で構成される(表1-1)


表1-1  原子炉立地審査指針の原則と目標


原則的立地条件は,大きな事故を誘発する事象が過去にも将来にもない土地であることを大前提とし,原子炉は市街地から十分に離れていること等とし,基本的目標は,重大事故,仮想事故が起こっても放射線障害等を与えないこととしている。この目標のもとに原発周辺に設定されるのが2つの区域である。一つは非居住区域,もう一つは低人口地帯である。それぞれについて線量基準が設定されている。

 非居住区域は,原子炉を取り囲んで設定される。この区域は,甲状腺(小児)に対して1.5Sv,全身に対して0.25Sv以上の範囲とされる。つまり,この区域境界の線量基準が,上記2つの数値である。この区域の外側で線量基準を超える区域があってはならない。非居住区域は,原発サイトとみなされている。 低人口地帯は,非居住区域の外側に設定される。

低人口地帯は,甲状腺(成人)3Sv,全身に対して0.25Sv以上の範囲とされる。つまり,この地帯境界の線量基準が,これらの数値であり,この外側で線量基準を超える区域があってはならない。低人口地帯は,その名のとおり,人口は低密度であることが必要である。

農村の既存集落が地帯内にあるかもしれないが,低密度であれば許容される。集落の緩やかな成長も許容されるだろう。しかし,地帯内に,新たに住宅団地を開発することは人口密度の高い居住地をつくることになるので認められない。低人口地帯とはそのようなところである。


アメリカの立地基準で見ると

日本の指針は,アメリカの立地基準をそのまま導入したものだが,異なる点がある。それは線量基準の指針における位置づけである。

 当時,指針を作成にあたっていた原子力委員会は,指針の性格と運用について次のように述べている。「機械的に適用しうる基準をもちろん,定量的な基準を作成することも困難である。従って,今回作成した指針はかなり定性的ものにとどまっており,個々の安全審査においては,従来のように安全審査会の判断によらなければならない」(原子力委員会月報,1963年11月)。線量基準は作成そのものが困難なので,指針は定性的な内容にとどまる,したがって運用にあたっては個別審査にならざるを得ないというのである。

原子力委員会は,線量基準の作成は困難だといいながらも,アメリカの立地基準の数値を引用して,上述の数値を記述した。ただし,指針の「別紙」扱い,しかも「暫定的な判断のめやす」という位置づけだった(同月報,1964年6月)。

では,このような曖昧な位置づけにされた線量基準は,実際の設置許可審査でどのように扱われたのだろうか。

 武谷三男が,アメリカの立地基準の線量数値をもとにしつつ,排除区域と低人口地帯の範囲を算出している。その結果を見ると,原子力委員会は,指針の線量基準をまともに取り扱わなかったことがわかる。武谷の結果を確認する前に,武谷が,2つの区域・地帯の範囲の算出にあたって設定した前提と条件を引用しておく。

アメリカの発電炉は格納容器にある。空焚き事故が起こって炉内に蓄積されている死の灰の揮発成分が放出される時,格納容器は健全で死の灰の閉じ込めに成功すると仮定している。それでも格納容器は漏れを完全に止める訳にはいかない。格納容器は1日に約0.1%の割合の漏洩率で設計されているから,その位の割合で死の灰が外部環境に漏れてゆくことになる。この状況の下で,居住できない排除地域(全身に0.25Sv以上,甲状腺3Sv以上),低人口地帯(無限の時間ずっと居続けるとして排除地域と同じ線量)について,不利な気象条件(気象逆転型)で算定したのが図1-1である。


縦軸は対数目盛。日本の発電炉の敷地境界までの距離は,「安全審査報告書」による

出典:武谷三男編『原子力発電』,岩波新書,1976年

図1-1 アメリカの立地基準と日本の原発サイト  (著者,一部加筆)

 

この図によると,たとえば出力100万kwの原子炉ならば,アメリカの排除地域(日本の非居住区域)境界は原子炉から約1kmの距離をとり,低人口地帯(日本の低人口地帯)は原子炉から約10kmの距離をとる必要がある。図には,敦賀原発サイトや美浜原発サイトをはじめ,全国の原発10サイトの名前が記載されている。これら10サイトはいずれも,アメリカの排除区域境界よりも著しく短い点に位置している。これは,アメリカにおける排除区域における原子炉からその境界までの距離に比べて,日本は,原子炉から原発敷地境界までの距離がいずれも明らかに短いということを示している。(つづく)



原子炉立地審査指針と住環境,2022年5月21日

原子炉立地審査指針と住環境 その3,2022年6月13日

原子炉立地審査指針と住環境 その4,2022年6月14日

原子炉立地審査指針と住環境 その5,2022年6月15日

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