原子炉立地審査指針と住環境 その3
非居住区域と低人口地帯に住む東海村民3.8万人
東海第二原発は110万kWである。この東海第二原発サイトを取り上げて,東海村の居住地の問題を確認したい。
図1-1より,東海第二原発の非居住区域を約1km圏,低人口地帯を約10km圏とみなすことができる。太平洋を臨んで立地している東海第二原発サイトの西側境界線は国道245号線である。原子炉からこの国道までの距離は,わずか400mしかない。この国道には店舗や施設が並び,そこから外へ市街地は広がっている。
非居住区域の外側には低人口地帯の10km圏が想定されるが,東海村はこの中に全域入ってしまう。ここには,住宅団地のような集住地区はつくってはいけないことになっているが,東海村では,原子力関係の給与住宅団地をはじめとして戸建団地,区画整理地区などの集住地区が多数ある。
要するに,村民3.8万人は全て,人が住んではいけない非居住区域(1km圏),と集住してはいけない区域(10km圏)と想定される地域内に住んでいるのである。
想定される低人口地帯は,東海村に隣接する日立市,那珂市,ひたちなか市にも及んでいる。1km圏と10km圏を合わせると,224,239人(2005年)という巨大な規模になる。 この事態は何を示すのか。3点ある。
第一に,指針は,そもそもからして東海第二原発で適切に適用などされなかったということである。
第二に,原発設置後,村は,密度高い集住地区をつくらないように,開発規制をしてこなかったという事実である。
そして,第三に,JCO臨界事故で,作業員2人が犠牲になり,周辺住民多数が被ばくしても,これまでの核施設に隣接して開発を推し進めてきた政策を反省をすることなく,なおも積極的に宅地開発を許可してきたという事実である。さらに,3.11で,東海第二原発も紙一重で全電源喪失を免れたにもかかわらず,なおも政策転換を図らなかったという事実である。
イギリスには,原発設置後,地元自治体が,原発周辺で人口を増やさないために開発規制をするという制度があるが,日本にはそれがない。 だいぶ以前になるが,茨城県が策定した東海地区原子力施設地帯整備基本計画(1965年)には,原発サイトに開発が接近しないための工夫が書き込まれた。サイト周辺に公園と緑地14ヶ所を配置させたのである。しかし,これらは都市計画決定されなかったので開発の歯止めにならず,むしろ開発の種地となってほとんど開発されてしまった。
以上をまとめると,指針は東海第二原発の設置審査で適切に適用されず,そして,原発があるにもかかわらず,東海村は周辺の開発を積極的にしつづけてきた。
それにしても,なぜ,これほどに指針は適当な扱いを受けてきたのだろうか。
指針はなぜ適切に運用されなかったのか
指針適用の初期にさかのぼって,その事情をみてみたい。
指針が最初に適用されたのは,日本原子力発電(以下,原電)の敦賀1号機である。つづいて関西電力の美浜1,2号機が適用された。ちょうどその頃,原発事業関係者が,原発敷地選定の考え方と指針の捉え方を述べている。板倉哲郎が1967年に発表した論文「原子力発電の立地条件」である *。これを見ていこうと思う。板倉は,関西電力から原電に移った技術者(後,原電常務)であった。
指針が要求する非居住区域は,公衆が原則として居住しない区域であり,障害を与えないための事後措置をとることが実際的かつ可能であれば,若干の公衆の居住は許される。したがって,必ずしもこの区域全体が敷地内に包含することを規定してはいない。非居住区域は,重大事故の評価,すなわち,敷地の事象,原子炉の特性,安全防護施設等の評価から定まるものであり,敷地選定の段階では,炉型さへ未定の場合,あるいは炉形式を決定しても詳細設計が固まっていない場合が大部分であり,実際に自己評価を行って非居住区域を設定することは困難である。
しかし,この時点で購入用地の広さの見積は不可欠であり,設置者は何らかの形で非居住区域の範囲を想定しなければならない。この場合の根拠として,選考発電所の実例,米国敷地基準の補足技術レポート(TID-14844)に示される計算例,あるいは前章に述べた英国の行き方等が参考となるが,原子炉技術全般の著しい進歩にともない,過大評価になる可能性は避けられないが,一つの目安となろう。
事業者が事後対応できるなら,原発サイトが狭くて,非居住区域内に住民が住むことになってもよい。事業者は,敷地購入時にはその広さを見積もり,非居住区域の範囲を想定するが,実際の敷地がそれよりも狭くても,原子炉技術が全般的に著しく進歩しているので,その成果を大きく評価すれば狭さはカバーできると,板倉はいう。
板倉がこの論文を発表したのは1967年,指針制定から3年たっていた。原発設置申請のラッシュが始まろうとしていた時期である。この1年前に,原電の敦賀1号機が商業原発として初めて指針の適用を受け,設置が許可されていた。関西電力の美浜原発1号機と2号機が設置申請中だった **。板倉は,自身が所属する原電と,かつて所属していた関西電力の2つの事業者による,原発の設置申請の事情をよく知る立場にあった。
これが,板倉が「動力炉の立地条件」を著した背景である。と同時に,この後,全国各地から怒涛のごとく原発設置申請がくる。この事態を見据えて,効率的に設置許可されることを願って著したのだろう。
指針が新規制基準から外された理由
板倉の考えはけっして板倉個人のもの,あるいは板倉が属する原電固有の考えではない。
図1-1に示すように,1970年代半ば,全国の10原発サイトはいずれも,立地審査に適合し立地が許可された。いずれの敷地も想定される非居住区域より著しく狭かったが,なんらかの合理的理由がつけられたはずである。
その理由とは,上記の板倉の説明と同じようなものだっただろう。それは,2013年に策定された新規制基準の説明で簡単に想像がつく。板倉の上述の考え方の骨子そのままに踏襲されているのである。最初の適用例・敦賀1号機以来,つづけられてきたのであろう。
ちなみに,新規制基準とは,原子力施設の設置や運転等の可否を判断するために策定されたもので,既設の原発についても改めて適合性審査が求められることになった。指針が,新規制基準から外された。外された理由は明らかである。原子炉からの敷地境界までの距離が著しく短いから,指針により既設原発の立地審査をあらためてやれば,すべて不適合になってしまう。これは回避されなければならなかった。
もちろん,原子力規制委員会はそのような説明をしていない。「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(H30年12月19日)で,その理由が説明されている。その内容は,半世紀前の板倉の考え方と基本は同じである。その理屈を見ていきたい。
まずは,既存原発で「非居住区域」と「低人口地帯」が設定されていなかった理由をどのように説明しているかを確認する。
「(旧)重大事故の発生を仮定した上で,めやす線量(甲状腺(小人)に対して1.5Sv,全身に対して0.25Sv)を超える区域,すなわち敷地周辺の公衆に放射線による確定的影響を与えないための区域である『非居住区域』は,発電所敷地内におさまっていたため,敷地外において『非居住区域』の設定はされず,敷地境界ではめやす線量未満となっていた(この後,(旧)仮想事故についても,「低人口地帯」は敷地内に収まっていたと述べている)」(p.384)
要するに,重大事故を仮定しても,非居住区域は原発敷地内に収まっていた。したがって,敷地外に非居住区域は設定しなかった。また,仮想事故でも,「低人口地帯」は敷地内に収まっていた。非居住区域も低人口地帯も既存原発サイトの中に入っているから,たとえ,仮想事故が起こってもサイト外の住民は著しい被ばくを受けずに逃げられるという。
さらに,人口密集地帯が原子炉からある程度離れているという要件についても満たしていると述べる。
「(旧)仮想事故の発生を仮想した上で,めやす線量(全身線量の人口積算値は2万人Sv)を超えるような人口密集地帯に近接した立地地点は,日本国内に存在しなかった。なお,大都市である東京や大阪が含まれる方位に放射性物質が流れるという想定をする場合が,全身線量の人口積算値が最大になることが多いが,その場合においてもめやす線量未満となっていた」(p.384)
以上の説明にもとづいて,新たに制定された新規制基準では,指針が定める「非居住区域」「低人口地帯」は不要となる。したがって,指針を適用しないとした。 以下はその説明である。
「福島第一発電所事故をふまえて重大事故等対策を法的要求事項としたことから,炉心の著しい損傷や原子炉格納容器破損に至りかねない事象を具体的に想定した上で重大事故等対策自体の有効性を評価することが,より適切に『災害の防止上支障がないこと』について判断できると評価した」(p.387)
「『低人口地帯』は,既許可の原子炉施設で歯発電所敷地内に収まっていた。また,立地審査指針策定時には制定されていなかった原子力災害対策特別措置法等によ理原子力防災防止対策の強化がなされていることなどから,立地審査指針における要求(『原子炉の敷地は,その周辺も含めて,必要に応じて公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあること』のために低人口地帯を設定すること)はその役割を終えたと判断した」(p.388)
非居住区域,低人口地帯とも,既存原発の敷地内に収まっており,他の規則で設計段階で厳しい基準が達成できることを要求しているから,指針はその役割を終えたと勝手に判断したのである。
板倉の論を振り返ろう。板倉は,原発敷地が狭くて非居住区域内に住民が住むことになっても,事業者が事後措置できるならよい,という条件付きの説明だった。「事後措置」とは,設置当初は,原子炉の技術安全性が十分でなくても,設置後に向上させることができる,そのような措置を意味している。
指針の理念・目的にもとづいて設定した線量基準を無意味化しようとする手前勝手な解釈であったが,原子力規制委員会の理屈は,板倉の手前勝手さをさらに前進させたものである。JCO臨界事故,3.11の教訓から安全のための新たな法制度で対策強化もした。非居住区域は原発敷地内にあり,仮想事故にあっても低人口地帯も原発敷地内にある,だから,低人口地帯自体も不要になった,と説明する。
要するに,JCO臨界事故をへて,3.11の過酷事故を契機にして,とうとう,指針が求める制度と線量基準を完全に無用なものにしてしまったのである。これが,住民の安全を守るための正しい選択なのか。(つづく)
* 板倉哲郎,橋本達也「動力炉の立地条件」『保健物理』2巻1号,1967年
** 福井県美浜町『美浜の原子力』,平成31年
原子炉立地審査指針と住環境,2022年5月21日
原子炉立地審査指針と住環境 その2,2022年5月26日
原子炉立地審査指針と住環境 その4,2022年6月14日
原子炉立地審査指針と住環境 その5,2022年6月15日
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