原子炉立地審査指針と住環境


東海村長の所信表明  

2021年9月,3選された東海村長山田修氏は,所信表明で次のように述べた。

「市街化調整区域にも住宅用地を確保,規制緩和をする」

 驚きの方針表明だった。山田村長のこの発言に関して,同年9月議会で質疑が展開され,村長の考えが朧げながら見えた。

 「理想のまちをつくるために3つの視点を挙げたが,その視点の一つ『ふるさとをつくる』の中で,若年世代の人口確保を目的に,新たな転入者を増やしていく取組を提案している」

大名美恵子議員が,これに対し「東海第二原発のPAZ(5km圏),UPZ(30km圏)ともに世界的にも異例な過密状態。新たな宅地開発の件は,今後,十分な検討が必要。人口が減少傾向にあるからといって,単に転入者を増やす,住宅を増やすという考えは一旦とどめ,住民生活に責任を負う村としてどうあるべきかの議論が必要と考える」と質問した。

これに対する山田村長の答弁は,「危険だから,人口過密だから,転入者を増やしてはならないという主張は,現に長年東海村に住んでいる方々にも失礼であるし,様々な理由で村を選んでくださる方の居住の自由に反するものではないか。特に若い世代の方々に選ばれるまちを目指すのは当然のこと」

要するに,村長は,東海村を「選ばれるまち」にするために,宅地開発をするという。

 村長のこの方針について2つの問いが生じる。第一は,「選ばれるまち」という目標に対する方法論として宅地開発は正しいか。第二は,そのために,規制緩和をしなければならないところを開発することは正しいのか。あるいは,原子力施設が多数立地する地域での新たな開発は許されるのか。


東海村で住宅地開発をするということ

第一の問題について検討しよう。村長は,「選ばれるまち」を目標としている。具体的には,「特に若い世代に選ばれる」まちであり,それによる「若年世代の人口確保」である。高齢層ではなく,若年層による人口増加が狙いというわけである。それを新たな宅地開発で実現したいと考えている。

日本の人口は2008年をピークに減少に転じ,茨城県はこれより早く2000年にピークを迎えた。村の周辺自治体でも人口が減少するなかで,東海村だけは,わずかながら増加傾向にあった。しかし,住民基本台帳による集計をよく見れば,人口増加の局面は終わっている。今後は,緩やかに減少していくだろう。

村長のイメージにあるのは,宅地を供給すれば若い住宅需要者がやってきて人口が増加するというものである。このイメージは高度経済成長期のそれである。大都市にやってきた大量の若年層が,家族を形成して巨大な住宅需要層となり,旺盛な郊外開発が展開され,自治体人口を急増させた。しかし,現在は,この時代と状況はまったく異なっている。開発したからといって人口が増える時代ではない。それでも山田村長は,あの時代の夢を見つづけているようだ。

村では現在でも4ヶ所,合計193haに達する巨大な区画整理をおこない宅地を供給している。東海村の近年の人口増加は,この事業による大量の宅地供給で支えられてきた。これを市街化調整区域でも展開しようということなのだろう。しかし,次の段階で起こることは,分譲できないまま未完成の住宅地が大量に発生することである。宅地供給で人口を呼び寄せるという考えは,政策として完全に破綻しているし,実現はしない。

第二の問い,市街化調整区域で宅地開発をすることは許されるのか。

市街化調整区域とは,計画的に市街化を図る市街化区域に対して,市を抑制すべき区域である。 東海村では,計画的に市街化をすすめるべき市街化区域では,上記の区画整理事業で宅地が大量に供給されている。それでもなお,市街化調整区域で住宅地開発をすることの狙いはおそらく,2つある。

一つは,市街化区域に対して市街化調整区域では数十年来,人口が減少しつづけている。ここの人口減少を止めたいという願望である。

もう一つは,新たな宅地の需要者は圧倒的に子育て世帯である。子どもの減少が著しい農村区の学区で,子どもを増やし,これまで投資してきた学校施設を維持したいということだろう。

しかし,そもそも市街化調整区域は,農村,農業,自然環境を守るべき地区として,開発が規制されている区域である。というだけでなく,東海村の市街化調整区域は,市街化区域より,原発や東海再処理施設により近い区域である。簡単に規制緩和などして開発をしてはいけない区域である。

要するに,上記の2つの理由,人口を増やしたい,とくに子どもを増やしたいという理由で,開発をしていいことにはならない。くわえて,子どもの生活環境を核施設の至近につくってはいけないという絶対的な要請がある。

大名村議が,「これ以上の人口過密,住宅過密,中でも原子力施設にごく近いところの過密化というのも,安全神話からの発想ではないか」と質問したが,当然の質問であった。

これに対し,山田村長は,

「原子力規制委員会が策定した設置許可基準規則では,法的な位置づけとして,立地審査指針は適用されず,また,同規則の解釈においても引用されていない。この観点から,立地における規定のようなものはない」

 この答弁は無責任さで満ちている。解説しよう。

村長は,原子炉立地審査指針(以下,指針)は新規制基準から外されている,という部分だけを引用したが,この引用だけでは,なぜ,村が規制を緩和して開発を許可することに問題はないのか,については何も語っていない。

そもそも指針は,重大事故や過酷事故時に想定される公衆被ばくに対し,住民が,その影響を受けずに安全に避難ができるように,理念,目的を決めたもので,それらにしたがって原子炉周辺における線量基準を規定している。

だから,たとえ,国が,今後は指針による原発設置の適合性審査は不要,と決めたと言っても,それは,国が,手続き制度を変更しただけのことである。 その事実でもって,原発立地地域の自治体が,指針が求める原発周辺の環境を維持する責務を放棄していいということにならない。東海村には,引き続いて住民の命と財産を守るために安全な住環境を維持する必要がある。

 では,指針が求める原発周辺の環境とはどのようなものか,それについてはこの後で詳述したい(次回)。


 人間的基本生活要求を満たす4条件

指針が求める環境を考えるにあたって,まずは,住環境とは何か,住環境には何が重要か,そもそもの話から始めたい。

さらにもうひとつ,ことわりを入れて恐縮だが,住環境とは何かを考える前に,まず居住地とは何か,について確認しておきたい。

居住地とは,人間が集住する空間で,人間が居住と生産の基盤としてつくり上げてきた歴史的産物である。住環境とは,その居住地の質的状態として価値づけられるものである。古代,中世,近世,近代の人類の居住の歴史を概観すれば,現代は,住環境の質が著しく向上してきたかに見えるかもしれない。

 しかし,その現代にあっても,貧困と環境悪化,災害と公衆衛生,戦争と弾圧,過密と過疎は存在し拡大さえしている。安住という概念の意味が薄れるほど,現代はむしろ不安定の時代である。この住環境の変動リスクを認識したうえで,私たちは,居住地の住環境をたえず見つめ,どんな問題があるか,その問題の本質は何かを把握しようと努め,問題解決のために何が必要かを検討しつづけなければならない。

その検討材料となるのが,世界保健機構(WHO)の「人間的基本生活要求を満たす条件」(1961年)である。ここでは,①安全さ,②健康さ,③能率性,④快適さ,の4条件がとり出されている。

安全さとは,地震,風水害などの自然災害,火災など都市災害からの安全,健康さとは,空気,日照,通風がよいこと,上下水道などが整備されていること,公害がないことなどがあげられる。能率性とは,道路や交通機関が整っていること,教育施設や社会福祉施設,行政施設,商業施設などへのアクセスがよいことがある。快適さとは,公園や緑など公共空地が整備されていること,街並みが整い景観が美しいことなどである。

 住環境4要素のうち,安全と健康が最初にあげられているように,この2要素こそ,人間の居住地で絶対的に重要な要素である。

原発立地地域でも,この2つはもっとも重要な要素である。

安全とは,原発が重大事故を絶対に起こさないという安全性である。 国は,福島第一原発事故の教訓から,原発立地地域における避難計画の策定を義務づけた。しかし,被ばくの影響を受けずに安全に避難できる計画の策定など不可能である。たとえ,安全に避難ができても,福島第一原発事故でみてもわかるように,長期にわたってふるさとに戻れない。さらに,避難先,移住先の新たな生活の質が,事故前の生活と同じになるという保証はない。原発事故は,広域的に長期にわたって住民の生活の質を奪い,ふるさとを喪失するものなのである。そのような避難を計画化しようとするものが避難計画である。人権,住民福祉に反する計画が,「計画」の名のもとでつくられている。

小出裕章氏(原子力工学)は,これを「ふるさと喪失計画」と表現したが,原発避難計画の本質を言い当てた言葉である。

二つ目の条件,健康は,原発立地地域での被ばく管理が徹底されていることである。平時にあっても,また,万が一の事故にあっても住民に被ばくの影響をもたらさないことである。そのための備えは,第一は原発立地自治体が制定する都市計画である。立地地域として適切な計画がつくられ,それが実施されることである。第二は,原子炉設置の審査に用いられる指針がもとめている原発周辺の公衆被ばくに関する規定がある。これらふたつが適切に運用,適用されることが,原発立地地域ではとても大切なことなのである。

(つづく)


原子炉立地審査指針と住環境 その2,2022年5月16日

原子炉立地審査指針と住環境 その3,2022年6月13日

原子炉立地審査指針と住環境 その4,2022年6月14日

原子炉立地審査指針と住環境 その5,2022年6月15日

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