平城高校の存続を願う訴訟の奈良地裁判決に考える

奈良県教育委員会が,2018年6月に発表した「奈良県立高校再編計画」は学校潰しの計画である。県教委が怠ってきた奈良高校の耐震改修の問題を,平城高校を閉校させその校舎に移転させることで解消するという「再編計画」である。

計画という名に恥じる閉校の計画に対し,平城高校の高校生と保護者が,奈良県を相手取って学校閉校を定めた条例の取り消しと損害賠償を求めて訴訟を起こした 。先月3月24日,その奈良地裁判決が出た。条例取り消しの訴えは却下され,生徒の精神的苦痛に対する損害賠償だけが認められた。

地裁判決は,平城高校生の学校存続の訴えに正面から答えなかった。生徒たちは,こんな理不尽なことが通るのかと,司法に絶望したかもしれない。その心中を思うと辛い。

私は,県教委が,奈良高校の耐震改修を長期にわたってやってこなかった,そして奈良高校の耐震化問題解消のために平城高校を閉校にする,その県教委の重大な不作為と,根拠・理由のない閉校という施策がどう断じられるかを知りたかった。残念ながら,地裁判決はそれを大きな争点にはしなかった。だから,これについて何も論じられなかった。

私は,奈良高校の耐震化が今日までなされなかった事情をはっきりさせることが大切だと思っている。吉田教育長は,なぜ耐震化が遅れたのかという毎日新聞の取材にこう答えている(毎日新聞,2019年6月17日)。「耐震化率を上げることを意識した。耐震化率は棟ごとに計算するので,小さな棟も大きな棟も同じ。厳しい財政事情を考慮した」。

大きな棟,大規模工事を避け,小さな棟,軽微な工事を優先して耐震化事業を進めてきたという。優先すべきは,生徒と教職員が日常使う施設で,耐震性が劣り耐震化が急がれる施設だが,県教育委員会は,まったく逆の方針でやってきたのである。目的は,耐震化コストを抑えつつ耐震化率をあげるためである *。

奈良高校校長が,県教育長に施設の耐震化を訴えていた。保護者らも現地建て替えを求めていた。しかし,県教委はそれらに何ら応えなかった。吉田教育長は,その一貫した,現場と民意無視の態度によって,2つの学校の保護者と生徒,市民の信頼を著しく損なった。吉田教育長には信頼を取り戻すことが求められているが,本人はその必要を理解しているだろうか。

私は,高校まで奈良県で教育を受けてきたことから,この問題を知って以来,関心を持ってその経緯を見つめてきたが,本当に脱力感を覚える。

再度,これまでの経緯と私の分析を加えて,まとめた(平城高校については情報を集めきれていないのでごく簡単になった)。

1)平城高校の経緯

① 2015年,平城高校は耐震改修を完了した。

② 県教委は,2021年度を最後に平城高校の閉校を計画していることを,事前に中学校と中学生に周知しなければならないにもかかわらず,あえて伏せたまま中学生を受験,入学させた。

③ 県教育長は,閉校計画について平城高校の生徒と保護者に丁寧に説明し意見や要望を受けなければならないが,生徒代表と一度面談しただけだった。

④ 平城高校同窓会や同校友会は,計画の中止を求めて県議会へ請願書を出したり,県教委に万単位の署名を提出したが,吉田教育長は署名を受け取ったその場で計画に変更なしと断言,数万人の市民,保護者らの要望を一蹴した。

⑤ 生徒と保護者が学校存続を求めて訴訟を起こしたが,奈良地裁判決は,閉校を規定する県条例の取り消しの訴えを却下した。生徒が受けた精神的損害賠償だけを認めた。

2)奈良高校の経緯

① 県教委は,20年近くも前から奈良高校の耐震改修は大規模な工事になることを知っており,厳しい財政の中で大規模工事を避ける方策を練ってきた。その最終結論が,2018年6月の平常高校を閉校し奈良高校をそこへ移転させるという計画だった。

② 「再編計画」の発表後,保護者らは,平城高校への移転まで耐震上危険な現校舎を使用すること反対し,これを受けて県教委は,仮設校舎の設置を決めた。

③ 仮設校舎の設置完了までの間,1,2年生は大和郡山市の閉校高校校舎に移転することになった。一方,3年生は現校舎を使用しつづけることとされた。2019年1月,これに反対する保護者らは,使用禁止を求める仮処分を申請した。しかし,奈良地裁は,今後30年間,奈良に大地震は来ないという誤った理由で却下した。

④ 体育館も使用禁止となった。そのため,運動部の生徒らは練習場を求めて近隣学校や,大和郡山市の閉校高校施設への移動を余儀なくされた。運動部主将5人が学校長に直接,現体育館の応急補強の要望を訴えた。

⑤ 保護者有志は,県教委に度々,損なわれた生徒の学習環境を取り戻すために現地建て替え,現体育館の補修を訴えて,公開質問状を提出してきたが,県教委は誠意のない回答を繰り返した。

⑥ 2019年9月,仮設校舎が完成し,1,2年生が戻ってきた。しかし,仮設校舎は狭い敷地に稠密な配置で設置されており,生徒は,どの教室にもほぼ日照が入らず,エアコンなしでは夏冬の厳しい温度に対応できないという環境で勉強することを強いられた。

⑦ 体育館は,保護者らによる現体育館の補修要望にもかかわらず,仮設で建てられることになった。「かまぼこ体育館」と生徒と保護者らに呼ばれる体育館は,狭くて体育館の用をなさない設計で,しかも著しく高額である。2回の不調を経て業者が決定,着工した。

⑧ 吉田県教育長はこの間,一度も,奈良高校に出向いて生徒と保護者に丁寧に説明し,意見,要望を聞くことはなかった。

こうして2つの学校の経緯を見ていくと,県教委による奈良高校の耐震化不作為が原因で,平城高校と奈良高校の双方に問題が根深く広がっていったことがわかる。生徒の勉学環境も一変した。奈良高校では一挙に悪化した。平城高校では閉校の計画によって,展望を持てる穏やかな勉学環境を奪われただろうと推測する。

これまで,中山間地や,開発時期の古い住宅団地,住工混合市街地などで小学校が統廃合されてきた。統廃合は中学校,そして高校へと順にのぼってきた。子どもの減少は今後もつづくが,それに伴なって学校統廃合をさらにすすめていくような政策はいつまでもつづけられるはずがない。

子どもが減れば学校も減らすという考えにもとづく再編計画に異を唱え,取り組みを始めた自治体がある。岩手県の33市町村である。まず遠野市が,岩手県教委の再編計画に盛り込まれていた地元2高校の統合計画の実施延期を迫り,これを実現させた。この延期決定に動かされた,県内全33の市町村長が懇談会を立ち上げ,①中山間地・沿岸部における小規模校の存続,②岩手県独自の少人数学級の運用,を含む提言書を発表した。これを「岩手モデル」として展開させるという **。

岩手県33市町村長が立ち上がって共同するこの取り組みから学べることは,子どもの減少に合わせて教育を縮小するだけの一方向の政策は,もう転換期にあると見定めなければならないということだ。自治体それぞれに教育のあり方が模索されなければならない。

4月,平城高校ではとうとう1年生のいない新年度が始まった。1年途切れても来年,新入生を迎えいれて,平城高校がつくってきた学校文化が継承されていくことを願っている。


* 「『適正化計画』の名で実施する<平城高校閉校+奈良高校移転>」須和間の夕日,2019年8月28日,https://musashi-mutsuko.amebaownd.com/posts/6835681

**「『地域で考える高校教育』岩手県33市町村長による県教委高校再編計画への新たな提言」須和間の夕日,2020年1月29日,https://musashi-mutsuko.amebaownd.com/posts/7629647


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